三ノ九、龍人族
再び竜馬の疾走する足音が響いてきた。
一同がその方向を見れば、アリステラ兵らしき騎馬兵が慌しくこちらに向かってくる。
「団長ーっ!」
ロナウズは立ち上がる。
「どうした」
「こ、こちらでしたか」
その騎士は竜馬から降り、まずはアリステラ兵らしく取り繕ってから報告した。
「ドヴァン砦守備隊長、ライオネル・アルヘイトよりの使者が来ました」
「ほう、早いな」
騎士は報告を続ける。
「全ての兵を、指示する位置まで下げるように――と。確認次第、人質ならびに捕虜の交換、解放の話し合いに応じるとのことです」
バーツとアーカンスはまだ座ったままだったが、互いに顔を見合わせた。
ロナウズは答える。
「その一件、まずはドロワ評議会にお持ちする。返答はその後となろう」
そしてバーツらの方に振り向くと片手を挙げた。
「すまないがその使者とやらに面通ししておく。ここは失礼するよ」
「……あぁ」
バーツは弱った声で返事をしたが、ロナウズは振り返らずに竜馬の方へと歩いていった。
二人はしばしその背を見送っていたが、アーカンスが前を向いたまま呟いた。
「……ドロワの騎士団が今回出たのは、捨石にされたのではありませんか? ライオネルから譲歩を引き出す為に」
バーツは、アーカンスの顔を見た。
「主軍の第一騎士団ではなく、第二騎士団がでてきた……彼らも我々と同じく、ドロワ評議会と折り合いが悪い」
アーカンスはどこからか仕入れてきた情報で憶測する。
それはバーツもよく知るドロワの内情でもある。
「我々が砦を突破できればよし、出来なくともドロワ評議会はメンツが潰れません」
「優勢に見えたライオネルの方から即座に折れてきたのは、事前に何らかの交渉があったのでは? ライオネルはそれに乗っただけではないかと」
「……いつ、そう思った?」
バーツは疲れの為かあまり声を出さない。
「漠然と……。今の伝令の内容も妙だと思いましたし、用意周到さを感じました。解放するのは人に関するものだけですし、肝心要のものは失わないことになる」
そして続けた。
「――おそらくライオネルはこの隙に、橋を落としてしまう算段ではないでしょうか」
「双つ揃い橋を、か……」
「サドル・ムレス側からの侵攻を挫くにはそれが一番手っ取り早いでしょう? こちらの軍を下げさせておけば、妨害や攻撃を受ける危険も少ないですしね」
「それに、ライオネルには譲歩するだけの別の狙いがあるのかも……」
バーツは苦笑して言う。
「いいんじゃねぇの? むしろこっちが立て直す時間が出来るってもんだ」
そして空を見て呟く。
「現状じゃ、議会だのメンツだのに振り回されている間に、どこの騎士団も全滅だぜ……」
そして苦しげに目を閉じた。
アーカンスが異変に気付く。
「隊長っ」
「いや、さっきのな……。あの野郎に食らった一撃が妙に効いてよ……」
軽口を言おうとしながらも、体にはまだ痺れが残り苦痛を感じる。
そして黙り込んだ。
「……隊長?」
バーツは返事をしない。
「バーツ!」
アーカンスの切羽詰った声に、周囲にいた遊撃隊も何事かと振り向いた。
バーツは幹に凭れたまま、気を失っていた。
その頃。
ドヴァン砦内の地下牢獄で、イシュマイルも気絶したまま収監されていた。
と、いうのも砦の守備隊がイシュマイルを捕縛しようとした時、その傍には一頭の竜馬がいてその対応に手間取ったからだ。戦闘用の竜馬が殺気立って橋の上を占拠していては、武器を持った彼らも下手に触ることができなかった。
結局、竜馬を宥めるためにライオネルが呼び出された。
この時、ライオネルはまだイシュマイルの素性を知らず、ただノア族の格好をしたタイレス族の少年としか見ていなかった。
ライオネルが興味を引かれたといえば、ファーナムの軍用竜馬がかなり原始的なタイプの土竜を元に、育成されていることに驚いた程度だ。
ノルド・ブロスにも竜騎兵はいるが竜族の知能は高く、種によっては人族を凌駕するものもある。その点でも両国には大きな差があった。
――龍人族という種族がある。
この大陸の先住民であり、太古より竜と共に暮らしてきた、と伝承にはある。
タイレス族、ノア族、そして龍人族の三つがこの大陸に占める人の種族であり、龍人族はノルド・ブロス帝国内にしかいない。
ライオネルら皇帝一族であるアルヘイト家は龍人族の血を引いており、それを根拠に大陸での主導権を主張し同族らの支持を得た。したがってライオネルは、ノルド・ノア族と龍人族の両方の血筋を持つ。
これはアウローラ・アルヘイト現皇帝が、帝国内の民族を統一するためにそれぞれの族長筋から妻を娶った結果でもある。
ライオネルは皇帝一族として、そして自身も研究者として三族の言語とその歴史・宗教に関する事柄に造詣が深い。ライオネルは竜族に効果のある言語をも習得していた。
傍目には呪文のようにも聞こえるそれは、竜族と龍人族とを結ぶ古い共通語のようなもので、これを習得している者はノルド・ブロス帝国領でも少なくなってしまっている。
ライオネルは竜馬を慰撫し、自分を信頼させる言葉を唱えた。
竜馬は安心して心を許し、自らの背にイシュマイルを乗せると自分の足で門をくぐって砦内へと入っていった。
イシュイルはとりあえずの処置で、他の捕虜と同じく地下牢獄に運ばれたが、竜馬はその居場所に難儀した。戦闘用の竜馬が一般人も行き来する砦の中で居られる場所は少ない。
結局、竜馬が厩舎の片隅に落ち着くまでの間、イシュマイルは砦の守備隊の手から離れていた。
その地下牢獄に、知らせを聞きつけて現れた者がいた。
レアム・レアドである。