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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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一ノ二、入らずの森

 森の中で、人影が動いていた。

 人数は一人。

 背中で長い白髪を一纏めにくくった初老の男。


 だが年齢以上にしっかりした体格で、いたって軽装、竜馬などは連れていない。 木の枝を結わえる作業を進めている。その服装は、先程のバーツ達タイレス族のものとは違い、ずっと素朴で簡素だ。


「おい、いつまで遊んでるんだ。こっちを手伝え!」

 ツタを巻く手を休めると、森の奥へとしゃがれた声を上げた。

「待って、今行くよ」

 奥から別の声が返って来た。がさりと草が揺れるが姿は見えない。


「まったく……お前は俺の手伝いをしてるのか、山菜取りに来てるのかどっちだ」

 言葉は荒いが怒っているわけではないらしい。老人が木々の陰から出てくると、その腰に巻かれている赤い布が日の光に映えた。

「あと少し。頼まれてる分だけ採ったら行くから」

 奥から響く声は少年のものらしい。声は森の中にあってよく通るが、どこか頼りない口調ではある。


 不意に老人が何かに気付き、声を低くして言う。

「――待て、そこにいろ」

 声を受け、奥で揺れていた草がぴたりと止まった。

「何か近付いて来ている」

 森の奥を、そして空をじっと見て老人が呟く。鳥たちが鳴きながらその上空を往く。


「なに? ギムトロス」

 少年の声が不安そうに草の間から聞こえる。

「侵入者のようだ。……大勢とみたな」

 言葉と同時に、老人の姿がその場から消えた。


 次には高い木の枝の上、そして木々の中を走るように移動していく。

 奥の草むらの気配ももうない。まるで獣のように、あっという間にその場から二人は居なくなった。



 一方、バーツたち一行は村跡をいったん離れ、林の中を迂回して谷へと移動していた。


 すぐにその森への入り口が現れた。

「ここは……もしやと思うのですが、立ち入ることを禁じられた森ではありませんか?」

 アーカンスが様々な不平を込めた口調で抗議した。

「かも知れねぇな」

 とぼけるように返すバーツだが、その目には確信の光が灯っていた。


 彼独特の感覚が、この森の先にある物を感じ取り、同時に失われた村の痕跡もここにある、と判断したのだ。

「なに、咎められたところで、その前に逃げちまえよ」

 後ろから続く兵たちに冗談交じりに声をかけると、先に竜馬を駈って森へと踏み入る。後から竜騎兵たちが一列になって続いた。


 森の中には奇妙な大石が転々と転がっていた。

 石碑のようであり、柱のようであり。

 先程のノア族の村跡にあった石ともどこか似ていて、違っている。草が絡み、木の根に抱かれている。


「列からはみ出すなよ、特に石には触れるな」

 バーツが声を上げて兵たちに注意を促した。心なしか、竜馬も大人しく小刻みに足を動かして歩いている。


「これは……遺跡ですか?」

 アーカンスが周囲を観察しつつバーツに問いかけた。そう思うのが自然なほど、人工的な景色。

「あぁ。正確には、遺跡に続くいにしえの街並みの跡、らしいがな」

 バーツの竜馬が列の先頭に戻り、アーカンスの竜馬に並んで進む。


「遺跡に続く遺跡、ですか」

 首を傾げつつも想像は出来たらしいアーカンスに、バーツが苦笑を浮かべる。

「石舟の伝承、てのがあるだろう? ここはその遺跡を守る為だか祀る為だかの場所だったらしいな」

「石舟……というと、私たちの祖先がこの大陸へ石の船で来たという、あれですか」


――石舟伝承。

 それは民の間に古くから伝わる話である。

 人々が別の大陸から流れ着き、先住民とともに築いてきた今の文明の黎明期を語る物語である。


「立ち入り禁止の理由が遺跡の保護、ですか。しかしこれだけ荒れていては……」

 現実派のアーカンスが放置されたまま朽ちる石の彫刻を眺めてため息をついてみせる。

「……」

 バーツは答えなかった。

 肯定ではないが、伝えることでもないと判断したからだ。


 この不自然なもやも、どこか重い空気もこの石群のせいだと言っても誰も信じられないだろう。そのような物は今のタイレス族の文化にはない。

 けれど、バーツにはわかる。

 彼が特殊な戦士だから――あるいは彼もノア族の血筋だから。


 ほどなくして、一向は広く開けた場所へとたどり着いた。混み茂っていた木々が途切れ、森の上からは青空が覗いて辺りが明るい。

 ここにも遺跡が密集して散乱していた。


「ここは、まるで広場ですね」

 アーカンスが見たままの感想を口にする。

 バーツが一騎離れて倒木のそばへと近付いていき、兵士が後から続いて様子を伺う。

「だが、この様子だと最近になって木が倒されたようにも見えるな。見てみろよ」

 バーツが倒れた木の根元を指差す。


 それは不自然に地面からめくれ上がって倒れていた。太い幹にも亀裂が走り、強い衝撃を受けたらしい痕が残っていた。

「人間の仕業じゃあなさそうだな。大型で凶暴な動物か……あるいは」

「魔物、ですか」

 アーカンスが眉をひそめた。


「たしかノア族の村は化け物の襲撃で消滅した、て話だったな。この辺りにも居るに違いねぇ」

 剣の鞘で木の幹を突きながらバーツが呟く。


 化け物、魔物、など彼らは一括りに話しているが、その種類は意外に多い。単に凶暴な野獣もあれば、魔の力で変質した魔の物、もいる。


――人々は、後者を特に『月魔アユラ』と呼んで怖れていた。


 人々にとって月は冥界であり魔物は夜、月から来るものだといわれていたからだ。そして、『月魔』は古い森や鉱脈の奥に多く出没する。

 バーツたち遊撃隊が今いる森などは、その典型的な場所だった。


「……では、これが理由で立ち入りを禁ずる、ということですか」

 困り顔でそう呟くアーカンスを見て、バーツは肩で笑った。


「そう不安がるなよ。遊撃隊員二十三人、何かあっても俺が護るさ」

「……まったくですね」

 バーツのいつもの口調にアーカンスがつられたように苦笑する。立場は違えど、同じ騎士に言われたのでは立つ瀬がないというもの。

 けれど、バーツの特化した戦闘能力が、自分たちのそれをはるかに凌駕しているという事実も、彼らは見に染みて感じていた。



 一通りその場を見て回り、これ以上の成果はないと竜馬の列を立て直した時、彼らのすぐ前方に何かが飛んできて地面へと突き刺さった。


 見ると地面には木製の手槍が、先頭の竜馬の足元一メートルほどのところに突き立っている。

 気配など何もなかった。

 隊員たちは辺りを見回し、バーツだけが一本の樹木の上へと視線を向ける。


「――そこで停まっていただこう」

 不意に樹の上から男の声が降ってきた。

 その声は、先ほど森の中に隠れた二人連れの老人の方である。


「わしの名はギムトロス・ローティアス。この近隣の森を護っておる」

 隊員たちが声のする方向を見上げるも、人の姿などはない。


 アーカンスが声のした辺りを見上げて声高に返した。

「我らはファーナム聖殿、第三騎士団、遊撃隊である。そちらこそ出てきたまえ」

 その横からバーツが続ける。

「俺の名はバーツ・テイグラート。あんたノア族の人だろう? 話がしたい」


 しばしの間を置いて、樹の枝ががさりと音を立てた。

 大木のかなり高い位置に、ノア族の装束の老人が姿を現す。そして尋常でない身の軽さで、遊撃隊一行の前へと降り立った。

 それを受けてバーツが竜馬を降りると、アーカンス以下兵たちがこれに習った。


「さて、軍隊を引き連れてというのはあまり歓迎しませんな。こんな田舎年寄りに何を聞こうというのですかな? 見ての通り、ここには遺跡と森しかないのだが」

 努めて緩やかに話す老人に、アーカンスがいつもの口調でやり返す。

「はぐらかさないで頂きたい。そもそも何人たりとも立ち入れぬこの森に居ること自体――」

 詰問口調のアーカンスを、バーツが片手で制して後を続ける。

「干渉する気はさらさらねぇから安心してくれ。見た目は軍隊だが争う気は毛頭ねぇ。あんたたちノア族に聞きたいことがあるだけだ」


「……」

 ギムトロスがバーツの黒髪をじっと見つめ、押し黙ったまま腕組みの姿勢をとった。訊きたいことは色々あるが、まずはそちらからとばかりに頷いた。

 バーツも頷き返して続ける。


「あんたたちが他の民族と関わらないのは知っている。が、過去に一度関ったことがあるはずだ。その時の、ある男の情報が欲しい」

「ある男?」

 ギムトロスは居並ぶ若者の顔を一通り見た。

 覚えのあるらしき表情に、バーツが続けた。


「特徴はしごく簡単だ。痩身で紅い髪、名をレアム・レアドという。覚えはないか?」

 途端に、ギムトロスの表情が一変した。


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