三十ノ七、漂いの刻
「――まさに、籠の鳥……ですね」
そう見透かしたのはサイラスである。
アーカンスは窓の向こうにすら出られない自分を憂いたが、第三騎士団も似た状態である。それが籠の鳥――。
長髪の男、そして周囲にいた不審な人影。それらは第三騎士団に関わる何者かだろうとサイラスも見ている。
「実にわかりやすい。一度でも外を味わってしまうと、閉じ込めるのはかえって逆効果というわけですね。隙あらば羽ばたこうと暴れるわけです、貴方と違って」
サイラスは、これという行動を起こさないアーカンスに退屈しているフシもある。
サイラスはいつもの口調で言う。
「第三騎士団でしょう? 接触してきたわけですが、何か交信しました?」
「……え?」
「え、じゃないでしょう。わざわざ貴方の目の前から逃げたのですから意図的なものです。もっとも、彼らの目的は別にあるので偶然ともいえますが」
「それは、どういう……」
アーカンスの言動からは本当に何も知らないのだとわかる。事前に知っていた様子もなく、わざと逃がしたわけでもないのだとサイラスは受け取る。
アーカンスの彼らしくない物言いに、サイラスは一から説明した。
「たしかに貴方がたは籠の鳥です。しかし、それ以上の檻の中に居る者たちをお忘れですか」
ドロワ市。
名目上では聖レミオール市国領となっているが、実質ノルド・ブロス帝国の属領である。
どこからも遮断された檻であり、連合からの盾にされている。
「本日参加した市民の中に、ドロワ市から生還した間諜もいたのです。えぇ、もちろん神聖派の――」
「間諜……?」
生還、その言葉に異様さを感じるアーカンスである。
この場合の間諜とは騎士団の者ではなく、金銭で雇われたり情報を扱う本業の者達のことだ。
「ドロワ市の脱退からこちら、どれほどの数の物見が命を落としていると思います? 一時はそれで全く他市との連絡がつかない有様でした。ドヴァン砦での戦闘以外でも、死者は出るのです」
「……はい」
「帝国側の何者かの仕業だとは言われていますが。……どちらにせよ、ドロワ市にも一番重要なことは伝わりましたので、何とか目処はつきました」
「重要なこととは」
「例の『三の預言』です。サドル・ムレス都市連合はそれが成就されるまでは進撃はしない。そのタイミングも、預言の通りならばおのずとわかるはず」
ある者が三つに裂かれて死に、その者の持っていた物も三つに分かれる。
それは誰が見ても明らかなもの――。
今は、皆が待つ時である。
「それで。第三騎士団の話に戻りますが」
サイラスの口ぶりはあっさりとしたものだ。
「彼らにはまだ三の預言は説明されていないのですよ。無為に時間を浪費して悶々とした結果の今日でしょうが……ドロワ市から無事戻った者が居ると知って探りにきたのでしょう」
その情報を流したのは、とアーカンスはちらと考える。
「わたしはね、アーカンス」
「前にも言った通り、第三騎士団とは穏便に、そして友好的に繋ぎを取りたいのです。現在空白となっている第三騎士団長の席、わたしは再びジグラッド・コルネス殿を推すべきとアレイス殿を説得するつもりです」
聞かされる一方のアーカンスから見れば、不可能かと思えた。
「それは……少々厳しいのでは。先のドヴァン砦攻めでの失敗に加え、月魔事件です。さすがに」
「だからこそ、ですよ」
サイラスには魔法の一言を用意している。
「秘密を知る者は一人で良い――それがジグラッド・コルネス殿です」
すでにドヴァン砦やドロワ市等で幾人ものガーディアンと関わり、幾つかの神秘も目撃している。加えてガーディアン・バーツの親友という人物である。
団長の首を挿げ替えて次々に要らぬ目撃者を増やすより、豪胆なジグラッド一人の方が扱いやすい――そうアレイスや神聖派を説得するのだと、サイラスは言う。
「預言者であるアレイス殿の発言となりますし、神聖派の評議員が揃って推すとなれば他の方々も頷く以外にないでしょう」
その時期はもう少し先にはなるだろうが、ひとまずはジグラッドとアレイスの接点を作ることは出来る。
「第三騎士団の方々に、これ以上暴発しないよう説得も出来ます。そこは、わたしの仕事となりますがね」
「……」
「時期を見て、貴方にも参加して貰いますよアーカンス。古巣との繋ぎとしてだけでなく、いろいろとね」
色々というと広すぎるが、サイラスが言うと臨機応変という意味にもなる。
「わたしの手札の中では、貴方は特に荒削りで使い道に困るのですから」
使い道が有り過ぎて。
どこにでも嵌りそうだと思えるが、思い通りに大人しくは収まらないのが人だ。
故に荒削りの素材を磨く必要がある。困ると言いながらサイラスにはそれが趣味のようなもので、楽しげにはしているがアーカンスにとっては迷惑な話でもある。
今日知ったことといえば、アーカンスが全く気付かずに過ごす間に様々なことが動いていて、そのうちに幾つかには自分の今後が勝手に振り分けられていることだ。