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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
296/379

三十ノ五、広い空に

――ファーナム市。

 サドル・ムレス都市連合の大都を自称する山岳都市。


 ファーナムにはその高低差を利用して様々な農芸が営まれている。

 足りない農地はプラントでまかなわれているが、収穫物の多くは加工品として出回っている。

 またファーナムの西側の絶壁は外海に面しており、港などはないが海産の物も多少作られている。


 しかし、とても街全体の食料を支えるには至らない。そこで周辺の都市、スドウ、アリステラ、フロントなどからの輸入に頼っているのだが、そんなファーナムから輸出される主要な物はジェムとジェム・ギミックそのものなのだ。

 見方を変えると、ファーナムは技術と資源を放出する代わりに食料を得ている。


 神官戦争後の百年で『サドル・ムレス教国』から『サドル・ムレス都市連合』と成り、商人やギミック技術者などの台頭があった。信仰から金品へと、人々の価値観が大きく変わった。


 大都となったファーナムは、サドル・ムレス都市連合国の首都ではないが、各都市と密に連携を保っていて、有事の際には首都的な役割を果たすに便利な立場にある。

 この流れに呼応しない都市は、連合内ではドロワ市くらいのものだった。

 そのドロワ市は今、他国の領地になってしまっている。


――ファーナム市内、旧議事堂。

 ここは現在『神聖派』の拠点として使用されていて、周囲の景観は聖殿やライブラリーに似た重厚な造りの建物が並ぶ。

 他の住宅地の白い美観とも違うし、摩天楼のような商工地帯とも赴きが異なる。


 ただ共通して、山の斜面に四角い建造物が繋がる構造であるのは一致していて、この旧議事堂も長い通路が市民や評議員クライサーの足を煩わせる。

 移動にはリフトなどの手段もあるが、こと会議等での警邏となると死角が出来やすい構造である。


 アーカンス・ルトワはこの日初めて、此処での警備に就いていた。

 神聖派評議員の催す小規模な集まりであるが、一部の市民も参加する。第四騎士団はいつも以上に騎士らしく振舞うことを求められる。

(見世物だな)

 アーカンスは自分たちの姿をそう思ったが、口にはしない。

 他の騎士はこの任を何度か経験しているし、日常的に市民の前で背筋を伸ばして立っている。


「……そろそろ、日が傾くな」

 時間的には午後の三時を過ぎる頃、夕刻まではまだあるとはいえ陽射しは角度を変えつつある。

「あと一巡というところか?」

 アーカンスは傍らの騎士に尋ねる。

「早ければ。夜までかかる時もありますよ」

 そうなると、送迎まで含めての仕事となる。

 時間ごとに配置場所を交替しながら移動し、自然と議事堂全体の様子も把握している。


 第四騎士団は神聖派の全面的な庇護と、監視のもとにある。

 任務はファーナム聖殿での活動のみとされているが、例外として神聖派評議員やその議員会堂での警護を許されている。

 唯一、聖殿外での活動となる。


 近くに居るのは自分の小隊のうち十名ほどだけ、残る半数は別の角にいて姿は見えない。通路には採光用の窓が大きく設えられていて、眼下の屋根のつらなりが広く見下ろせる。


 アーカンス・ルトワには、初めて目にする景色だ。

(サイラス殿も、よくここに私を寄こしたものだ……)

 神聖派の評議員の中には、ルトワの姓を聞けば警戒する者もいる。


 何より団長のアレイスが許さない。

 アレイスから見れば、アーカンスは未だ第三騎士団遊撃隊の隊長である。


「――ここから窓を開けて飛び降りたら、脱走になるのかな?」

 アーカンスはふと口にし、驚いた部下が顔を見る。

 騎士団からの脱走はかなり罪が重いが、定期的に発生するのも事実だ。

「冗談だ」

 アーカンスは真顔で返したが、騎士たちは笑えない。第四騎士団に来て以来、冗談というものも口にしたことがない。

「……本気かと思いました」

「するわけない。すぐ近くの屋根に飛び降りたって足の骨を折るだけだ」


 屋根の下には、石畳が見える。

「ただ、第三騎士団に居た頃は、自由にあそこを歩き回ったな……って」

 今ではたったそれだけのことが出来ない。

 任務で疲れを感じても殆ど表には出さないアーカンスだったが、この時は広い空を前に懐かしさに駆られた。

「隊長……あの」

 いつもと口調まで違うアーカンスの様子に、騎士たちも重い口を開く。

 市民が周囲に居ないこともあって少し気が緩んだ。


「ドロワ市も……こんな景色でしたか……?」

 騎士の一人が、ふとその名を口にする。

 アーカンスは、今更のように思い出した。

 あの日、ドロワ市に現れて月魔として『退治』された六人の剣士は、第四騎士団の騎士なのだと――。


 ドロワ市でのことは内にも外にも話してはならない、だから部下の騎士たちにも話したことはない。

「ドロワ市で月魔が発生して大勢亡くなったことは聞いています。その……第四騎士団の騎士も、数名……」

「知り合いか?」

「いいえ。ですが、顔と名程度は知っています」

 六人はエリファスの部下だったので、一般の騎士とは指揮系が違っていた。六人と月魔の関係については、現時点でわかっていない。


「どんな風に聞いている?」

「諜報活動中の事故だとのみ。月魔事件の犠牲者だと――」

 本来は諜報活動自体、禁じられている第四騎士である。

 アーカンスは無言で何度か頷いた。

 肯定の意味であり、わからないことは黙るために。


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