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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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三十ノ三、白い砂

 高速艇ハサスラは、巨大な残骸の周りを迂回して上陸地点まで進む。

 砂船乗りたちがまだ水や燃料を求めて訪れていた頃に整えられた部分である。見た目には砂漠に朽ちた家屋が並ぶ荒れた町、だが足元が崩れれば深い砂の海へと嵌り込む。


 数人の砂船乗りと、イシュマイルたち三人が降り立つ。

 ハサスラからの照明と、砂船乗りたちの掲げるカンテラが辺りを照らしているが、不思議と遺跡全体もぼんやりとほの暗い。

 星明りを反射しているのか、壁や床が僅かに光を蓄えているらしかった。


「これは……石?」

 イシュマイルが見回しながら言う。

 巨大とはいえ移動する砂船の中であるのに、壁や床面には石材が使われている。それもタイル等の薄い素材ではなく塊、巨大な一塊を繰り抜いたかのように区画や部屋が分かれている。

「不思議だろ? 石舟って言うだけはある」

「重量はどうなんだよ」とバーツ。

「見た目ほど重くもない。堅さはあるが変な粘りがあるらしくてな、素人には扱えないもんだから放置されてるってわけだ。――ほら、あっち見てみな」


 視線の先、床面の途切れた砂溜まりの中に石柱の乱立する箇所がある。

 見捨てられた墓場のような雰囲気すらあるが、アシュレーはそこにイシュマイルとバーツを連れて行く。

「なかなかいいロケーションだろう。いかにも化け物が出そうでゾクゾクする」

 アシュレーはカンテラで前方を照らしつつ笑う。

「でもな――」


「見えているのはデカイ建物の上部の残骸だ。つまりは砂の下深くにまで埋まってて、そのおかげで大型ワームは近寄れないってわけだ」

 アシュレーは少し離れた柱の方を指し示して言う。

「ほら、あそこ。柱が鳴ってるだろう」

 アシュレーの言葉通り、柱の一本が小刻みに震えて金属めいた音を立てている。柱の根元の砂が僅かに動いているのがわかる。

 

「あれはあの下でワームが動いてるからだ。俺たちの足音を聞きつけて起き出してきたんだろう」

「こっちを感知してるのか?」

「あぁ。奴らは耳がいいからな」

 アシュレーは特に警戒する様子もなく言う。

「ここまで入ってくるワームは小型の個体だけ、残骸を寝床にしてる幼生体だ。瓦礫の隙間をうろついてるだけだから、注意してりゃ不意打ちは食らわねぇってことだ」


 アシュレーは砂溜まりに近付き、砂の下を覗っている。

 だがイシュマイルは、他のことに興味を惹かれたようだ。

「ねぇ。あの柱、近くまでいって触れる?」

 アシュレー、そしてバーツが驚いたようにイシュマイルを見る。


「あぁ……それは出来るが」

 元はサドル・ノアのレンジャーとして高い木々の間を飛び回っていたイシュマイルである。

「落っこちるなよ?」

 バーツも一応は声を掛けたが止めはしない。

 アシュレーは砂虫の位置に注意して、安全と思われる場所を示した。


 砂溜まりの中に崩れずに残った柱が傾いたまま建ち並んでいる。ところどころ柱同士を繋ぐように床が張り付いていて、辛うじて建物らしさがまだ残っている。

 イシュマイルはいつもの身軽な足取りで砂地を越え、一本の柱に飛び着いた。


 手に触れると、岩のようなずっしりとした硬さではなく、凝固した樹脂のような滑らかさと軽さが指に伝わる。肌が吸い付くような表面には光沢があるが、温度を感じない。

「この柱、透けてる……もしかして」

 黒い柱に見えていたが、近くで見れば黒く曇った半透明の素材だ。


「その通り。白い砂の正体は、この柱だ」

 アシュレーはイシュマイルの反応を見越してか、シンプルな答えを口にする。

「こいつらが風化して粉々に砕けて降り積もったのが、白い砂漠だ」

 イシュマイルが振り向き、バーツもアシュレーの顔を見る。


「この石は『テルグム晶石』って呼ばれてる。テルグムの遺跡や城壁にも使われている建材だが、仔細を知るのは専任の石工連中だけ。一切が謎だ」

 アシュレーは言う。

「いつの時代、誰がどこから掘り出し、どう加工してあの建築群を作ったのか、誰にもわからない」

「ほんとかよ。……まるっきり?」

「門外不出ってやつだな」


「白い砂が再び凝固して出来るとか、砂虫が関係してるとかって色々話もあるがな。俺は信じてねぇな。砂虫は砂ごと船も家も飲み込むが、テルグム晶石の建造物は襲わない」

「ふぅん?」

「……つまりだな。現状、古都テルグムは白い砂の海に浮いてる城で、どうやってもテルグムに入るには、足の速い砂船が必要ってわけよ」


 アシュレーたち三人は砂溜まりの前で話をしていたが、ついついそちらに気を取られていたようだ。

 いつのまにか、ごく小さな砂虫が砂礫の隙間から近付き、顔を出す。

 砂船乗りが声を上げた時には、砂を被った大蛇のような砂虫ワームがイシュマイルの目の前に姿を現した。


 砂虫は、鎌首を上げてイシュマイルを覗っている。

 砂の下では自重を支える胴体から尾にかけてうねうねと動かしながら、柱に張り付いているイシュマイルを見上げている。

 飛び掛れば一瞬、という至近距離である。


 砂船乗りたちは武器を番え、バーツは雷光槍を構えて砂溜まりを飛ぼうとした。

「――待って」

 皆を止めたのは、イシュマイルである。

 イシュマイルは砂虫の頭部、おそらくは目と思われる辺りから目を離さず、手でもってバーツたちを制する。


「攻撃してこないみたいだよ」

 砂虫とイシュマイルは、互いに互いを観察している。

 砂船乗りたちは警戒を解かずイシュマイルに武器が当たらない位置へと移動して構えた。


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