三十ノ二、砂海の大船
「俺も昔はファーナムに居たんだ。生まれもファーナムだしな」
アシュレーはふと口にする。
「反発から家を飛び出して……そんで一族の故郷でもあるウエス・トールに戻って来たわけだ」
「綺麗な所さ……色々とな」
イシュマイルは視線をアシュレーに戻し、顔立ちや身形を改めて見る。
何かと親切な男だと思うが、それ以上に親しみやすさも感じた。初対面ではなく見知った誰かに接する感覚である。
「……そうだね。キレイだし、謎もたくさん」
「砂の下には?」
相槌を打って笑うアシュレーには子供のような冒険心がある。
「もっとも綺麗な自然現象ってのは大抵人間には厳しいもんでな」
「さっきも言ったように、白い砂は重たい水みたいに滑らかでな。落ちたらまず助からない」
アシュレーは少し砂漠の謎の話をした。
「内部は……まぁ噂だが、ワームの巣になっていて白い砂に落ちた生き物を食らってるってな」
「砂虫が? 人を食べるの?」
「人だけじゃなく船体ごとだ。だから高速艇が必要になる。見つかったら最後、追いつかれて丸ごと飲まれちまう死の砂海ってわけだ」
「……」
イシュマイルはしばし考える。
「それ、ものすごく大きいってことじゃないの?」
「嘘だと思ってる?」
アシュレーはかついでいるのか楽しそうに笑っている。
「見てみたいって言ったら?」
イシュマイルは訝しんで見上げ、アシュレーは大きく頷いた。
「あぁ、おあつらえ向きにいい場所を知ってるぜ」
アシュレーの高速艇ハサスラは今、古都テルグムまでの中継地点であるオアシスに向かっている。
その道中に、砂虫の出現するポイントがあるという。
「たまーに冒険屋気取りが腕試しに来るんだ。そういう連中を連れてってやる場所で、俺らはそこで奴らから大金巻き上げるって寸法だ。まぁお前らは手間賃だけでいいよ」
噂に聞く砂虫を退治てやろうという自称冒険屋やハンターの類が大陸のあちこちから訪れる。彼らに言わせれば、冒険の難易度が最上級とされるのがウエス・トール王国の大砂漠である。
大半の者は胆を潰して逃げ帰り、そうでない者は程ほどの大きさの砂虫を狩って満足する。懲りずにさらなる奥地を目指した者の末路は……推して計るべきだろう。
「……じゃあ砂虫に飲まれる危険はない場所ってこと?」
「百パー安全ってわけじゃねぇから保証はしねぇがな」
アシュレーは冗談混じりに言うが、実の所は半々だ。
船内でくつろいでいたバーツだったが、行き先の変更を聞いていつもの調子で皮肉った。
「二人で何話してんのかと思いきや……急ぎの仕事じゃなかったのかよ?」
「なんか、成り行きで」
とイシュマイル。
「いいじゃないか。あんたもガーディアンなら見ておいて損はないと思うぜ」
アシュレーはというと、大した時間のロスはない、と余裕たっぷりでいる。
「もしかしたら、次にウエス・トールに来るガーディアンはあんたかも知れない。魔物は月魔や飛竜だけじゃない、予習だと思っとけよ」
アシュレーの含みのある言い回しに、バーツも慣れた様子でいる。
「……俺のお勉強ってことかよ」
「ま、冗談はそこまでにして、だ」
アシュレーは船内の仲間たちに指示を与える傍ら、バーツとイシュマイルに説明する。
「今から寄るのは遺跡なんだが、通称は『シップ』――そう呼ばれてる」
「シップ……船?」
「あぁ。昔むかしの砂船だとさ。座礁して放棄されたらしく半壊状態だが、砂に沈むことはないから渡りの目印にもなってるわけさ」
「船の遺跡なの?」
「お目当てはギミック・プラントだ」
バーツもその単語に反応する。
「ギミックだと?」
「ファーナムにもあったろ? 水プラント。少し前までは水や燃料が回収出来たらしい。シップを経由してオアシスに行くのが定番の航路だったが、今は」
「今は砂虫の見物に寄る程度にはぶっ壊れてるわけだ」
アシュレーは船を降りる準備をしつつ言う。
「遺跡の観光に砂虫のスリル付き……大砂漠の入門編ってとこだ。新米と見習いのガーディアンお二人に、ハサスラからのサービスだ」
からかう口調のアシュレーに、バーツも鼻で笑って返す。
「……有り難いね」
いくらと経たないうちに、高速艇ハサスラが減速する。
広い白砂漠は抜けたらしいが、周囲はまだらに白い砂漠と砂砂漠が交ざり合っている。砂砂漠の緩やかな波間に入ると船体が揺らいだ。
夜目に黒く見える地平の一箇所に、人工物と思しき灯りが見える。
「……ギミックがまだ稼動してんのかよ?」
「良い目印だろ? 灯台として増築された部分が生きてるだけだ。とてもじゃないが住めやしない」
再び甲板に出て、船の目指す先を見る。
近付くにつれ、岩礁地帯のように見えていた黒い影が建造物だと認識できるようになる。
「砂船ってか……まるで町だな」
「ほんとだ。廃墟みたい」
高速艇ハサスラはさらに速度を落とし、砂船の遺跡の周囲を用心深く進む。
イシュマイルが想像していたよりも遥かに大きく、地上に露出した部分は崩れた壁が区分けされた住居を連想させる。
「聞いた話じゃあ、昔のウエス・トール王国人は定住せず、移動する砂船の中で一生を過ごしたらしい」
「街を作らずに?」
「あぁ。幾世代にも渡って砂船を駆って行き来していたわけだ。そのルーツは石舟伝承にまで遡る」
石舟伝承では、別の大陸から訪れたプレ・ノア族が辿り着いたのがこのウエス・トール王国で、そこで先住種族の龍族と出会ったとされる。
「石舟から降りた人々は歩いて大砂漠を渡ったわけじゃない。巨大な砂船を作ったのさ。ちょうど、こんな感じのな」
「……随分と古い話だな。で、この遺跡もその頃のものだとでも?」
アシュレーの話に、バーツは冗談で返している。
「さすがにそりゃねぇや。だがファーナムやノルド・ブロスの水プラントが、元はウエス・トールの水プラントを真似てるって話は、こいつを見ると納得はいくよな」
「確かに」
ファーナム育ちのバーツとアシュレーは頷きあっているが、イシュマイルは水プラントというものを見たことがなく、実感はない。
ただこの廃墟を乗せた大船の残骸に、昔の人々が生きた気配は感じる。砂に浮いた町は、そのままアール湖に浮かんだ宿屋――アリステラの船を思い出させる。