三ノ八、二人の隊長
遊撃隊は、ひとまず街道そばの森の中まで後退した。
バーツはかなり疲労困憊していて、木の幹を背にただ座って待っていた。
ジグラッド・コルネス以下ファーナム第三騎士団とドロワ第二騎士団は、アリステラ騎士団の誘導のもと順次街道を通って撤退していく。その流れは遅々として進まず、遊撃隊は森の中でただそれを待つしかなかった。
「隊長……」
アーカンスが水を片手に、バーツに所に戻ってきた。
他の部下はそれぞれに、傷を手当てしたり休んだりしている。
「あぁ……外傷はねぇよ。力の使いすぎだ」
そして言葉に怒りをにじませた。
「冗談じゃねぇ……小一時間と保たねぇとは」
アーカンスも沈痛そうに言う。
「コルネス団長、セルピコ団長、共に負傷。まずはドロワに向かっているはずです」
「……ドロワ?」
「さすがにこの足でファーナムまで帰れ、とは言えないでしょうねドロワも」
アーカンスは皮肉を込めて言う。
そこに、数頭の竜騎兵が音を立てて追いついてきた。
「バーツ!」
先頭の騎士は声だけでロナウズだとわかった。
ロナウズはバーツの傍に来、他の者は物資を竜の背に乗せたまま、それを遊撃隊に配りに行った。
「……あんたか」
バーツは座ったままだ。
「なんとか無事のようだな。……すまないが、もうしばらくここで待機してくれ」
バーツは苦笑いする。
「助かったぜ。まさか応援に来てくれるとはな」
ロナウズはうそぶく。
「何の話かわからんな。我々は街道を警備していただけだ」
アーカンスが不思議そうに言う。
「でも、ドロワの要請で――」
「ドロワの評議会が、どうやって離れたドヴァン砦での危機を知ることが?」
「あ」
聞いていたバーツが、少しだけ笑う。
「ははは……結構、口が立つんだな」
ロナウズはその場の詭弁で、あの戦を止めたことになる。
ロナウズはバーツに傍らに膝をついて様子を見た。
そして問う。
「……イシュマイル君は?」
バーツとアーカンスの表情が硬くなる。
「君たちの後を追って行ったように見えたが……」
アーカンスが声を低くして答える。
「イシュマイルは……たぶん南側の橋の辺りです。……生きていれば、おそらく捕虜に」
「!」
バーツが口惜しそうに言う。
「くそ……ダルデのじいさんに会わす顔がねぇ」
「……」
ロナウズはしばし沈黙の後、二人に言った。
「騎士団はバラバラだが、遊撃隊とアリステラ騎士団はまだ動ける。……どうする?」
「どうするって……お前」
バーツは驚き半分で、意外そうに聞き返した。
一瞬、その手があるか、とも頭を掠める。
だがアーカンスはそれを否定した。
「遊撃隊は動けません。それに、今戻ったところでかえって狙い打ちに遭うだけです」
アーカンスは、アリステラ騎士団については触れなかった。行けば、今度は必ずアリステラ騎士団も交戦に巻き込まれることになり、それはロナウズの一存で決定していいことではない。
アーカンスは、ここでバーツに自分の考えを示した。
「私は、このままイシュマイルを向こうに渡してもいいかと思いますが」
アーカンスは『敵』という表現を使わず「向こう」と言った。そして言外に『生死は問わず』という意味合いも含んでいる。
「なんだと?」
バーツが気色ばんだが、アーカンスは冷静に続けた。
「レアム・レアドと接触させるのです」
ロナウズは押し黙る。
「予定より早まっただけで、いずれ起こる出来事です。さもなくば」
アーカンスは続けた。
「イシュマイルは、まだファーナムとは関係がないことになっています。偶然紛れ込んだ一般人なら、すぐに解放される見込みもある……そう考えましょう」
「あのライオネルという指揮官はノア族の出自だと聞きます……。イシュマイルがノア族と知り、我々との繋がりも薄いとわかれば、手荒に扱うとも思えません」
バーツが口を挟んだ。
「それで安全だって言い切るのか、てめぇ?」
「――それ以前に現状の生死すらわかりませんよ! ……でもね」
アーカンスは語気を強めて言う。
「このままファーナムに連れて行くよりは」
「……っ」
その一言は、バーツに次の言葉を言わせなかった。
タイレス族に敵意を持たれたノア族がファーナムでどのように扱われるか、それはバーツ自身が一番よく知っている。
ましてレアム・レアドと関わりのあるサドル・ノア族となれば少年といえど手加減されず、ただ戦に政治にと利用されただろう。
アーカンスは、バーツがこの数日迷っていたことを同じように思案していた。
「いずれにしても、今回の捕虜の扱いについては聖レミオール市国と話し合いが持たれることでしょう。それを待つ以外にありません」
アーカンスは淡々と言い続けた。
「イシュマイルが今どのような状態であれ……レアム・レアドに何がしかの影響を与えるであろうことは、確信しています」
「………」
イシュマイルとレアム・レアド、双方にとってこの再会は喜ばしいものではないことは、容易に想像できる。
だがその状況を作り出したのは、自分たち遊撃隊だ。
ロナウズは、無言でアーカンスの横顔を見る。
当初はバーツの影に隠れた大人しい隊長かと思っていたが、その見立ては外れていたようだ。
アーカンスの言っていることは冷酷に聞こえるが、概ねは正しい。
正しいがそれをそのまま口に出すのは、多くの人は好まないところだろう。受け止める側のバーツの度量が深く、互いの信頼関係が成り立っているからだとも言える。
バーツがようやく口を開き、悪態をつく。
「お前……冷静だな」