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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
289/379

二十九ノ八、百年の空席

 円形広間の内部は照明が灯されておらず、円蓋から差す柔かい陽射しのみが床を照らし、その反射で室内もぼんやりと薄暗い。


「少し暗いですが……見えますか?」

 サイラスは何もせずその場に立ち、アーカンスも壁に手を付いている。階段室の扉と円形広間の狭間、ちょうど分厚い壁を繰り抜いた箱型の中にいる。

 ここを抜ければ目の前は円形広間なのだが、空気の壁のような異質な気配を感じる。


 階段室の扉を閉めるとさらに暗さを増し、しかし目が慣れるに従い少しずつ違う光が目に入ってきた。

「え、えぇ……所々、ぼんやりと光っているような」

 壁面や天井に光が見える。

 それらは幾つもの小さい光で、黒く見える壁の中でちらちらと揺れている。


「色はわかります?」

 サイラスが尋ねる。

「色? そうですね……ほぼ同じ色ですが、幾つか違うものもあるようです」

「なるほど」

 サイラスは頷くと、数歩進んで床タイルで描かれた円の中へと入る。

 そこから振り向き、アーカンスの頭上の壁を示して両手を挙げる。


「ここの壁には、ある名前が列記されているのです。光っている部分は、現在その者が生存し活動している証です」


 アーカンスが振り仰ぐと、広間の壁には上から下まで縦一列に石の板が並び、それが横にも並んでいる。

 壁一面、びっしりと長方形のプレートが張り付いている。

 壁が黒く見えていたのは、このプレートが黒曜石のような色合いをしているためだろう。


「名前の……プレートなのですか?」

 よく見れば、たしかに石の板には、白い筋のような模様が見えている。

「これ、読めませんね……」

「当然です。エルシオンの文字の一つですから」

 彫りこまれている文字は癖があり、骨を連想させる形状の線だ。


 殆どがただの白い筋だが、ときおり文字がぼんやりと光っているプレートがある。

「あれは――」

「光っているプレートは、現在その者が生存し活動している証です」

 サイラスは同じ言葉を繰り返した。

「では、文字だけのものは」

「既に亡くなっている者の名……」


「これらは……歴代のガーディアンの名前です」


 アーカンスは驚きに目を見開き、円の中に入って周囲を見回した。

 広い円形広間の壁面を一周、ずらりとプレートが並んでいる。


 アーカンスはまた眩暈を感じた。

「なんだか……動いてませんか? この壁」

「ほう、そう見えますか」


 アーカンスの目には、縦一列ずつ並んだプレート群が、ある列は上に、ある列は下へど少しずつ動いていくのが見えている。

 壁と床の間には数センチの隙間でもあるのか、プレートはそこに潜り、また出てくる。

 しかし円形ホールの壁面自体は動いていない。

 プレートだけが音もなく動いている。


 サイラスは、呆然と見ているアーカンスの様子を覗いつつ言う。

「――遥か天空エルシオンにあるという『刻印の間』――この壁面は生きた壁、天界の映し姿であり、その機能を投影しています」

「……『刻印の……間』?」


「オリジナルの『刻印の間』には、壁の長さや幅といった概念がないので永遠に並んでいるのですが、地上ではそうもいかないので見えているのは一部だそうです」

 石のプレートは、壁面に映るホログラムのように立体的に見えている。

「これで、一部……」

「生存しているガーディアンを中心に、重要な名前だけが読めるようですね」


「――で、そちら。すぐ近くにレアム・レアドの名があります」

 サイラスが、入ってすぐ上の文字列を指差した。

 アーカンスが見上げると、確かに一枚のプレートが明るく輝いている。


「その少し上、金色に輝いているのがウォーラス・シオンの物です」

 言われるままに視線と上げると、確かに色こそ少し違うがやはり明るいプレートがある。

「……二人の間、輝いていないプレートが幾つか並んでいますね」

「いずれも百年前の人でしょうから。ガーディアンといえど、無理もないかと」

「……」

 光っていないプレートは、すでに死亡したガーディアンのものだ。


 後ろを振り返れば、膨大の名前の殆どが輝きを失っている。

 時が止まったような静けさを前に、此処は刻印の間などではなく墓碑の刻まれた霊廟ではないかと思えた。


「それよりも、碑銘の構造をよく見てください」

 サイラスは、一番近くにあるレアム・レアドのプレートを指差した。

「アレイス殿によりますと、プレートに重なって二枚の円形の光が浮いているとのこと。貴方にも見えますか? アーカンス」


 アーカンスは改めてプレートの真正面に立ち、レアム・レアドの名の刻まれたプレートを見上げる。

 黒い石の板に、肋骨を連想させる白い文字。

 文字は明るく輝き、プレート自体も内側から光を放っているようだ。


「たしかに……歯車のような――いえ、魔法陣? 文字のような、複雑な模様が」

 じっと見ていると、次第に克明に見えてくる。

「二枚、重なっています。たしかに……。回っているような」

「色はわかります?」

「……」


「上の輪は白……下は。たぶん、赤?」

 アーカンスは少し横に回りこみ、斜めに見て確認する。

 二枚の輪は、それぞれに逆方向に回っている。


 プレート、白い文字、赤い輪、白い輪という多層構造になっていて、まるで同じ一点でピンで留められたかのようだ。


「一番上になっている白い輪。紋章のようですが、シオン殿の物と同じに見えますね」

「……さすがです、アーカンス。わたしの見立てた通りです」

 ずっと様子を覗っていたサイラスが、苦笑いと共に賞賛する。

 アーカンスは、どういう意味かと振り向く。


「それは『ガーディアン刻印』と呼ばれるものです。元の刻印の上に上書きして捺されるものです」

「ガーディアン刻印……! これが、あの――」


「えぇ、ガーディアンと成ってエルシオンに登り、その時初めて刻まれると言われる刻印ですね」

 ガーディアンの紋章は、強い輝きを放っている。

 常人ならば生涯目にすることのないはずの紋章でもある。


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