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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十九ノ六、大図書館

――ファーナム市。

 アーカンスは、上官であるサイラス・シュドラに連れられて大図書館へと赴いた。

 この時間、正面扉は開かれていて最初のブロックまでは誰でも入ることが出来る。


 外から見ると柱や窓で装飾された四角い建物だったが、内部の壁面は緩やかな弧を描いていて、書架がそれにそってぐるりと張り付いている。

 緩い弧を描く階段がそれぞれの階層に誘い、見上げていると距離感が狂っていく気がする。


 中央には円形のカウンター、周囲を囲む来客用のテーブルなどもやはり弧を描いて配置されていて、人々がそれぞれに使用していてさわさわとした物音や話し声が耳に届く。


「この構造、わかりますか? アーカンス」

 サイラスは天井を見上げて問うた。

 天井には円形の天井壁画があり、デュオデキム天体配置図であろう十二等分に区切られた丸枠の中には、各ハウスを象徴する絵画が描かれている。


「正方形の天井の中に、真円の天体配置図です」

「えぇ」

「正方形の中に真円、これがもっとも古いエルシオンのシンボルです」

 サイラスは両手の指で正方形を作って言う。


 真円はエルシオンを表すアイコン。

 正方形は龍族と『はじまりのうた』を表すシンボルである。


 天井画だけでなくフロアの作りも同じ、円形スペースを取り囲む正方形である。

 聖殿や図書館などエルシオンに関する建築物の多くがこの法則を持っている。


「この建て方はですね、エルシオン信仰を示す円と四角を、建物で表したといわれています。この大図書館も、全体でみれば同心円とそれを囲む正方形になっているのですよ」


「……えぇ」

 アーカンスは漠然と理解しながらも、曖昧な相槌を打つ。

「初めてお聞きします。四角と円が組み合わさったシンボルは……あまり見掛けませんから」

「昨今は、古代龍族に関する知識は割愛されがちなのですよ」


 構造は頭に入ったが、一見すると規模が大きい以外には普通の図書館とそう変わりがないように見える。


「ここはまだ大図書館の『外皮』にあたる部分、通常の図書館です。聖殿騎士にも座学がありますから、来たこともあるでしょう?」

「……多少。不勉強なもので」


 机に張り付くいている神学生らしき若者を横目に、アーカンスは慣れない様子で声をひそめる。第三騎士団にいた頃は市外での活動も多かったためか、こういった施設に縁が薄かった。


「来た方が良いですよ。第四騎士団は信徒と語り合う機会も多いですから……ごく基本的な事柄は諳んじておいて頂きませんと」

 サイラスの基準から言うと、今視界にある範囲の書物には一通り目を通しておくのが最低ラインだという。


 サイラスは上階を支える柱の隙間を抜け、扉を一つ開くと中へと進んだ。

 こちらはこじんまりとした部屋で、棚も机も直線状に並んでいる。


 先ほどのエリアには神学生や巡礼らしき一般人の姿もあり、それなりにざわついていたのだが、此処に入ると急に人数が減ったように感じる。

 服装を見たところ、研究者や祭祀官など専門職の者たちのようだ。彼らはこちらには目もくれずにそれぞれの机に向かっている。


 聖殿騎士もこのエリアまでは利用でき、サイラスなども時折ここに来ている。


 サイラスは心持ち、声を落として言う。

「エルシオン神話にはその描写に矛盾も多いのですが、多くの者はこれを見過ごすことで安心を得ようとします。……けれど中には、これという正解がない故に考えることを繰り返す、そんな人種もいるのです」

「……サイラス殿のような?」

「貴方もですね、アーカンス」


 サイラスはそのエリアも素通りして、裏口かと思われる扉を抜けて奥へと入る。

 扉を閉めた途端に、音が響かなくなった。

 この回廊は各倉庫に繋がっているらしく、幾つもの扉が見える。


 サイラスはその中から、堅く封じられた両開きの扉の前に立つ。


「この扉から入ると、ようやく大図書館ライブラリーとなるわけですが……念のため、すぐ後ろを付いてきて下さい」


 サイラスは奇妙とも取れる注意を促すと、クライスを取り出した。

「――パス・クライス、です」

 鍵よ――の掛け声は、評議会が開会される時に唱えられる言葉である。

 ここから転じて評議員のことをクライサーと呼ぶのだが、今はちょうど定例評議会の最中で、軍団長アレイスも参加しているはずである。


 サイラスは鍵を差したまま、扉に幾つか仕掛けられているノブを順番に回していく。ジェム・ギミックなどではなく、まったくの物理的な仕掛けである。

 それまでとは違い、大きく厚みのある扉は見た目通りに重いようで、アーカンスもそれに手を貸した。


 一瞬だが、何かの感覚が狂ったのを感じた。


 扉の奥は階段室になっていた。

 左右に開放口アーチがあり、その向こうにまた緩やかな弧を描いた上り階段が見えている。

「ここも……円形ですね」

  壁面はゆったりと曲がっていて、壁の向こうに同心円の中心があるのがわかる。


 左右二箇所の階段は、上り用下り用に分かれているらしく、全体で見れば円の外側に二重の螺旋状に張り付いている構造だ。


「……」

 アーカンスは、正面の緩い弧の壁面をじっと見ている。


 素っ気のない石積みの壁に、小さく図形がレリーフとして掘り込まれている。

 ――正菱形の中に真円。

 二つの図形は四つの交点で接している線画として描かれているが、不思議なのはその図形が少し傾いていることだ。


 その様子をサイラスが微笑みで見ている。

「気付きましたか。大抵の者は見落とすのですがね」

「なるほど。先ほどの天井絵のお話はこれのためでしたか。……これは?」

 サイラスの行動や長い話というのは、いつも相手をある方向に誘導する為にされるものだ。

「このライブラリーのシンボルマークだといわれています。正方形は三十度傾いていますね」


 思い返せば、この正菱形のような図形が柱や門などにそれとなく描かれていた。

 注意して探さないと見つけられない程度に。

「このライブラリーでしか見ることの出来ない、図形です」


 サイラスはそれだけ言うと、右手側のアーチに向かう。


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