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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十九ノ五、砂丘

 夕刻。

 アシュレーたちの商談が片付き、出航の時間になる。

 すでにアリステラ船の船長たちとは話を済ませ、ここからは高速艇で移動することになる。


「悪いが、途中で荷を降ろす予定が入ったから、オアシスに寄るぜ。まぁ、それでもこの船なら他よりは早く到着できる」

 アシュレーはそう前置きしつつも、さらりと高速艇の自慢をする。


 陸の船着場に着き、荷物を運びながら高速艇を見上げる。

「大きい……」

 水の船と比べると船底が平たいが、それでも下から見上げる船というのは大きいものだ。


 近くで見ると、生き物のように美しい船体である。


 全体の滑らかな流線型や、人が扱いやすい形状に工夫された内装。

 所々に描かれる文様には、飾りとも魔力の源ともとれるジェムが装飾の中に嵌め込まれていて、典型的なジェム・ギミックの集合体である。


「アリステラの船は、水に浮かんだ宿屋って感じだったけど」

 木製のアリステラ船と船室を、イシュマイルはそう表現した。


 高速艇の船内というのは、ギミックの腹の中に入るようなものだが、乗り込んでみると体が馴染む不思議な空間でもある。

「趣味はいいよな」

 バーツも気に入ったのか、椅子の背の曲線を確かめるように撫でている。


 ファーナム育ちのバーツやアシュレーたちは、これを機能美だと思える感覚でいるが、ウエス・トール王国の人々にはそうではないらしい。

「砂漠の魔物のようだ」

 そう言って、悪趣味な船体だと詰られることが、しばしばある。


 比喩ではなく王国内には実際に『砂漠の魔物』と呼ばれるものが居て、ジェム・ギミックの生き物を連想させる形状は、その魔物の姿を彷彿とさせる。


 アシュレーはというとそれを面白がって、この船の名をハサスラと名付けた。

 ハサスラは砂漠の冒険譚に登場する女の魔人の名で、砂漠の魔物も平伏すと言われる所から安全な渡りを願う意味もある。

 ハサスラは元は女神であるともいい、こういった天界から墜ちた或いは降りた魔人の話は各地にある。


「魔物? 月魔アユラ・モンスターじゃないの?」

 イシュマイルが珍しそうに尋ねる。

 サドル・ムレスで魔物といえば月魔のことである。

 魔素で狂う害獣の類もあるが、それ以外では野生の竜族やその変異体などで、いずれも厄介な化物の範疇である。


「――別物だな。月魔ってのは基本的に死体が動いて攻撃してくるだけの代物だが、砂漠の魔物は手強い」

 アシュレーは荷運びを監督する手を止め、イシュマイルに教える。

「まず体が岩か金属みたいに硬い。動きが月魔より早いし、知恵も回るらしくこっちの裏を掻く行動をしてくる」


「あまり聞かない話だな」

 バーツも砂漠の魔物に関しては噂程度にしか知らず、アシュレーの話に耳を傾ける。

「奴らには縄張りがあるからな。こっちが特定の範囲に入り込まず、かつ敵対さえしなければ攻撃はしてこない」

「……なるほど、知恵があるってのはそういう面もあるか」

「まぁ、触らぬなんたらだよ。所構わず現れる砂虫のほうが厄介ではあるな」


 砂虫。

 いわゆるワームと言われる、大蛇のような筒状の魔物である。


「砂虫……?」

 想像もつかない様子のイシュマイルに、アシュレーは笑って言う。

「まぁ、語るよりその目で見てみるこった」

 アシュレーは基本的な注意だけ促すと、あとのことは置いて船員たちに号令をかけた。


 少しの振動が船体から感じられ、周囲の砂が撒き上がる。

「船室に入っててもいいが、景色でも眺めるか?」

「頼むよ」

 アシュレーは甲板の邪魔にならない場所にイシュマイルとバーツを連れて行き、命綱を付けさせた。

 甲板の高さから見る港町は、様々な色の天幕がアール湖からの風で揺れている。 


「――出航」

 アシュレーはブリッジにいる艇長に手振りで合図する。

 慣性で少しの反動を感じたが、船はそのままの姿勢で横に滑るように動いた。


 船の動きではない、魔力による移動である。

 アリステラ船がアール湖で拿捕された時、ノルド・ブロス帝国の船も似たような動きをしたのを、バーツはデッキから見ている。


「……こいつぁ、見た目以上の代物だな」

 ウエス・トール王国の砂漠を題材にした御伽噺は多く、魔法の道具や現実離れした怪物の話などは子供心に想像していたが、現実は時に大人の目から見てもそれを上回るものだ。


 通常の砂船にもエンジンはあり、そこだけギミックを使っていることもある。

 風に乗るまでは推進力が必要で、ブースターを使ったり、特に船着場から離れるまでは人夫や牽引船を雇って曳かせたりする。


 だがアシュレーの高速艇ハサスラはそういったもの全てが不要で、船着場で働く者から見ると仕事の実入りが少ない相手で、その分は停泊料を釣り上げるしかない。

 最小限の案内人だけが立ち会う中、高速艇は出航した。


「思ったより静かなもんだな」

 遠ざかる港町を眺め、バーツが言う。

 町で砂避けマントを入手し、無造作に羽織ってはためく布を手で押さえている。

「水の上を滑ってるみたいな音だね」

 イシュマイルも風にまかれる髪を手で押さえていた。


「砂船ってのはソリと同じなんだ。だが、こいつは砂の抵抗が極力少ない構造になってる。……ま、浮いてるようなもんだ」

 魔力的な保護もあるという意味だろう。


「とはいえ、砂船は湖の船と違って、地形に影響されて結構揺れる。落っこちるなよ?」

 慣れない二人と違い、アシュレーは柱に凭れて悠然としている。

 片足を船壁に掛けて無作法を気取って見えるが、実際には姿勢を保持しているのだろう。砂船乗りというのはとにかく伊達者である。


 港で見た時は裾の長い衣服が煩わしそうに見えたが、ギミックの装身具やベルト、剣帯で固められた装束は強い風で布が暴れても邪魔にはならない様子だ。

 甲板で働く船員たちの様子も、アリステラ船の甲板員たちとは姿勢や動きが違って見える。

(よく訓練されてる……)

 バーツはそう感じたが、イシュマイルも似たような感想を抱いていた。

(慣れていないと、十分に戦えない場所だな)

 少しでも砂漠の様子を確かめたいと、砂と砂船を確かめている。  


 しばらくは平地に近い緩やかな砂丘が続いた。

 高速艇はその名の通り速度を上げ、慣れない風にイシュマイルは手摺りにしがみ付きながらも、流れる砂の波を見つめ続けた。


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