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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十九ノ四、青い空

 イシュマイルはまず、昨日も訊ねていた同じ質問を古老たちにもしようとした。

「あの……レアム・レアドというガーディアンのことを――」

「あぁ、あの悪名高い奴か」

 イシュマイルが言い終わる前に、別の老人が言う。


「魔物ハンターあたりが何か言って回ってるんだろう? その話を信じてこんな所まで?」

「いえ、そういうわけでは」

 予想と違う老人たちの反応に、イシュマイルもどこから訊ねて良いか考えあぐねる。


「僕、人を捜していて……たぶん、ガーディアン・レアムと関わりがある」

「どんな?」

「……赤ん坊、です」

「ほう?」

 古老たちは人が良いのか暇つぶしも兼ねてなのか、次々と会話に入ってくる。


「ガーディアンが子供を攫うって話は昔はよく聞いたが。赤ん坊はしらんのぅ」

「じ、じゃあ、その子の母親だという女の人とか」

 イシュマイルは、その赤ん坊が自分だとは言えずにいる。

「ないねぇ」

 思い当たるものはない、と老人たちは首を横に振る。


「この国じゃあ、家族が散り散りになるとか村が一晩で丸ごと消えたとか、よく聞く話だ。行方知れずの女と赤ん坊なんてのは、ざらだからねぇ」

「……はぁ」

 訊ね方が大雑把過ぎた、とは自分でも思っている。

 ただ老人たちの様子から ドロワ市で聞いた時に比べるとレアム・レアドへの印象に差があるようだ。

 それよりも、予想していたよりも王国の崩壊は進んでいるようだ、とは肌に感じた。


「この国では、ガーディアン・レアムっていう人はどんな風なんですか」

 イシュマイルは言い方を変えてもう一度問うた。

「どんな風? そうだな」


「まぁ、守護者だね。ガーディアンっていうくらいだから」

「そうさね、竜族の侵攻を食い止めてくれてるって意味では」

「竜族?」

 六肢竜族のことである。

 イシュマイルからすれば、竜馬など人に懐いて大人しい生き物という連想が先に来る。

「竜族が、攻めて来てるんですか?」

 イシュマイルの問いに、老人たちは表情を変える。


 ウエス・トール王国や帝国北部の者からすれば、大陸南部人の危機感の薄さは信じ難いものだ。

 古老は言い聞かせる口調で言う。


「有史以来、六肢の竜族はこの大陸を乗っ取ろうとひっきりなしに襲ってきている。それを真正面に受けて戦っているのが、ノルド・ブロス帝国のカーマイン・アルヘイトだ。ウエス・トール王国はこれと連携して、竜族の軍団を押し返している。それが女王フィリア・ラパン様と、ガーディアン・レアムだ」


 思ってもみなかったところとの繋がりを聞き、イシュマイルはしばし呆然とする。

「カーマイン……アルヘイト?」

 覚えがある名前だ。

 アウローラ・アルヘイト皇帝の次男だとは知っていたが、三人の中でも一番情報がない人物だった。


「あぁ、そうだよ。アルヘイト家の持つ竜兵団の総帥で、とにかく強いよ。生粋の龍人族だからね」

「しかしまぁ、竜の兵団を使って竜族相手に戦ってるんだから、妙な話ではあるね」

「竜族ってのは、そういう連中だよ……」

 古老たちは口々に、自分の言いたい話をしている。


「じゃ、ガーディアン・レアムはずっと帝国と組んで竜族を相手に戦ってたってこと?」

 タイレス族の話しか聞いていなかったイシュマイルからすれば、そういう感覚である。


 古老はイシュマイルの話しを少し訂正した。

「そうではない。ガーディアンは生まれ故郷とは縁を切る。レアム・レアドは、フィリア様のために王国で戦っていたんだよ」


 レアムは、師であるソル・レアドによってドロワ市に召喚されるまで、長らくウエス・トール王国の東の果てにいた。シオンの話によれば、百年近くずっと戦っていたという。


「古都テルグムよりずっと東――ノルド・ブロス帝国との境目には、高くて険しい山脈が続いていてな。人や動物は越えることは出来ないが、飛竜の類はそうではない」

「……飛竜」

 空を飛ぶ竜、イシュマイルも人によって飼育されている個体くらいしか見たことがない。


「フィリア様の御力で、ある程度は侵攻を防いでいるが完全ではない。越えてくる竜族は、でかくて凶暴なやつばかりでな……それを東の果てで狩ってくれていたのが、レアム・レアドなわけだ」

「……」

 古老は言う。

「古都テルグムより東は、そんなわけで殆ど村も町も消滅しているわけだが、そういう所に賊徒や魔物ハンター崩れの類が集まって根城にするわけだ。レアムはそういう奴らも退治してくれてたんだよ」


 横の老人がイシュマイルに言う。

「他所の国で何を聞いてきたかは知らんが、追い返されてきた連中が逆恨みで悪評を吹いて回ってるってわけだ。命を助けられてるとも知らずにな」

 老人はそう言って笑ったが、容赦が無いという話は本当のようだ。


「もう十年以上、いやもっとか。レアム・レアドが戻って来たという話は聞いておらんよ。別のガーディアンが来たり来なかったりだが……」

 老人は話しの合間に溜息をつく。

「ならず者は減らない、王国の環境はノルド・ブロス並に厳しい……良い噂はないね」


 古老たちの話しぶりを聞いていると、この歴史ある王国の八方塞がりな現実が覗える。

 サドル・ノアの村や他の南部の豊かな自然の中で育ったイシュマイルには、ここでの生活の殆どが想像も出来ない世界に感じられた。


(ここが……僕の生まれた国、なのか――)

 イシュマイルは、いつもの癖で空を見上げる。

 見えるのは広い空に引き伸ばされたような、一筋の薄い雲。

 何もない蒼穹である。


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