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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十九ノ三、殻

 ウエス・トール王国。

 小さな港町にて、イシュマイルは誰かに呼ばれた気がして、後ろを振り向いた。


 視界には港の家屋に縁取られてアール湖の水平線が見える。

 昼間の太陽レミオールに揺れる水面の遥か向こうには、アリステラがあるはずだ。

(――タナトス……)

 何故だか、ドロワ市で出会ったガーディアン、タナトスのことを思い出した。


 ドロワ市で中途半端に別れて以来、一度も会っていない。

 それでもレニが近くにいたためか、アリステラでは気配を感じることが時々はあったのだが、船旅以降は何も無い。

 改めて、遠い土地に来たのだと感じる。


 イシュマイルは気分を切り替え、昨日話を聞いた兄弟の店へと足を向けた。

――昨日。

 高速艇を見せた後、アシュレーは改めて旅の目的を確認した。


「レアムって、レアム・レアドのことか。ドヴァン砦を占拠してるっていう……」

 さすがにアシュレーはよく知っている。


「ガーディアン・レアムのウエス・トール時代のことを聞きたいなら、町の古老にでも訊ねるしかないな。会ってみるか」

 レアム・レアドはこの十五年ほど行方不明だったから、ウエス・トール王国でも若者はその名前すら知らない者が多いという。


「えっ。ツテがあんのかよ」

「いいや……。だがファーナムのガーディアンが砂を見に此処まで来たわけじゃないだろ。手間を掛ける必要もあるさ」


 アシュレーは手近な、酒場の亭主に心当たりがあるか訊ねた。

 町には古老は幾人かいるが、誰がどの程度知っているかまではわからず、亭主は古老たちと話しを付けると約束した。


「明日、また来てくれ。それまでになんとか目処をつけておく」

「……あぁ」

 アシュレーは随分と親切にしてくれるが、その理由をこう説明した。

「なに、ドヴァン砦のことは他人事じゃないからな――」


 そしてその翌日。

 アシュレーの取り成しで、町の古老たちから直接話を聞ける手筈になり、イシュマイルは一人で落ち合う予定の場所まで来ている。

 アシュレーたちは商談のためにまだ酒場におり、バーツは衣服などの調達に出ていた。


 場所は昨日情報を仕入れた、あの兄弟の店の近くだ。

 特に迷うこともなく昨日と同じように歩いて行くと、店先で大男が座って作業しているのが見えた。

 こめかみに星神ブリスの刺青をした、弟の方である。


「こんにちは」

 イシュマイルが声を掛けると男は顔を上げ、相変わらず無口なまま顎で隣の店先を示した。

 この辺りは飲食の店が幾つかあったが、テーブルや椅子を屋外の日陰に置いて、そこに町の古老らしき老人たちが茶と煙草を喫している。


 イシュマイルは老人たちに話を聞きに行く前に、ふと大男が抱えている籠の中身を見る。

 男は大小の籠を二つ三つ足元に置いて座っていて、食材らしき殻を割って中身を取り出して分けているところだった。

 豆類のような大きさと形状をしている。


「これ、今から仕込むの?」

 男は硬そうな殻を片手の指で割りつつ、今度は後ろを顎で指す。

 イシュマイルがそちらを見ると、昨日食べた揚げ菓子が置いてある。

「これが材料なんだ」

 イシュマイルは興味を引かれたようにしゃがみ、籠の中を覗く。バケツのように大きい籠に、小粒な実が一杯に積み上がっていて相当に時間が掛かる作業のようだ。

「……一晩水にさらして……挽いて、練って……揚げる」

 思うよりも手間のかかる菓子だったようだ。


 砂地でも採れる乾いた実は、灰汁と若干の毒があって長時間水にさらしてそれを抜く。硬い殻は分厚く、手間の割りに採れる量が少ない。

「……こいつは、燃料にいい」

 男は殻を大きめの籠に放り投げながら言う。

 店で調理をする時の燃料として、殻は重宝する。

「ふぅん」

 質素ながら効率的に生活している様に、ふとサドル・ノア族の村を思い出した。


 レンジャーとして村の周囲で活動していたこともあり、毎日何かしらの食材や薬草を採っては村に持ち帰っていた。だがバーツたちに従って村を出て以来、一度も自分の手で何かを採集した記憶がない。


 時間的に機会が無かったこともあるが、サドル・ムレス領土は自然が豊かとは言われつつも、イーステン近郊に比べれば土にしろ草にしろ良いとは思えない。

 ウエス・トール王国、ノルド・ブロス帝国はさらに悪いという。


 イシュマイルはふと、自分の手の平を眺めてみる。

「……無理だ、小僧には」

 素手で殻を割るのは、という意味で男が言う。

「そうだね」

 村の外に出て色々な街で暮らしていると、想像していたよりも自分に出来ることは少ないと気付く。


 イシュマイルは男との話を切り上げ、待たせたままの古老たちのテーブルに向かう。この時間帯の老人たちは、茶を片手に盤のゲームをしたり煙草を燻らしたりと、ゆったりとしている。

「来たか。話を聞いて回ってるとかいう」

 一人の古老が声を掛けてきた。


 イシュマイルとバーツは出航を待つ間に色々と聞き歩いていたため、酒場や料理屋の兄弟とのことなど意外に早く港町の中で噂になっていた。


バーツと大男の睨みあいはともかく、見慣れない格好の少年が人捜しをしていることは町の人々の興味を引いた。人探しをしている孤児となれば、この王国の者なら皆似たような経験をしているからだ。


 イシュマイルが近くに寄ろうとすると、古老は片手でこれを制して言う。

「この店は大人専用さ。気にせず、そこから話すと良い」

 口を動かすそばから、甘い香りの紫の湯気がパイプから漏れ出てくる。老人たちの楽しんでいる物は、子供には出せないものばかりだ。


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