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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十九ノ二、双つの名

――気付くと、真昼間の陽射しの中にいた。

 空が見え、音も体の重さも、地面の感触も戻ってきている。


「大丈夫か?」

 声とともに人の気配が間近にあった。

 それがロナウズだと理解する頃には、その手で上体を起こされている。

 目に入るのは、いつもの四辻の景色だ。


「その様、何と戦った?」

 またロナウズの声がして、レニは今更のようにロナウズの顔を見る。

「……てめぇ、か?」

 呆然としたまま、訊ねた。


 誰かに腕を掴まれたのを覚えている。

 助けられたことや男の手だったというのは理解していたが、それがロナウズではないというのも頭ではわかっている。


「安心しろ、君を助けたのは私じゃない」

「……ハ。考えるまでもねぇ、……てめぇに出来る芸当じゃ、ねぇ」

 レニは強がろうとして、体中に痛みを感じて悶絶した。

 改めて見ると、あゆらるところに裂傷があり赤くない場所がないほどだった。


「何者だ? また、タナトスとやらか?」

 ロナウズはなんら気遣うでもなく、義務的に訊ねる。

 レニはひとしきり痛がったあと、ぼそりと答えた。

「違ぇ……あれはもっと、ヤバイもんだ……」

「……」 

 レニの語彙力はともかく、前回を上回る危機感をレニが抱いたというのであれば、ロナウズとしても捨て置けない。


「一度屋敷に戻るぞ。その状態では隠形も治癒もままならぬだろう」

 ひとまず、とロナウズが手を差し出す。

「その後で、ここで何があったのかきっちり聞かせてもらう」


「……ふん……」

 レニはすぐには手を出さず、ロナウズは腕を掴んで乱雑に助け起こした。

「人目につかぬうちに行かねば。さすがに君の風体は目立ちすぎる」


 不本意ながら肩を借りる形になり、レニは意地でも自分で歩こうとしたが衰弱が激しかった。

「てめぇの手は、借りねぇ……。なんならここでトドメでも刺しとけよ」

 せめてもの反発に、憎まれ口を叩くレニである。


「……此処で死なれてもこまる。殺すなら屋敷の中でやるさ」

「ぬかせ……」

 ロナウズはレニに肩は貸しているが必要以上には助けない。

 ともかくも二人は急ぎこの四辻を立ち去る。


 昼間の良い陽射しであるのに、周囲に人の往来はなかった。

 誰も今の光景を目にすることはなく、その不可解さを含めてのこの場所である。


――ただ一人。

 不自然に現れた人物がいた。

 立ち去る二人の後ろ姿を見送っていた。


 レニとロナウズが無事この場を去ったのを確かめると、四辻に向き直る。

「……これが例の四つ辻か。これはまた、派手に破れておるな」

 誰と話すでもないその声は、あのレコーダーのものである。


 レコーダーの目には、四辻から溢れ出そうと暴れる奔流が見えている。

 四辻で交差する龍脈――街道を結んで流れるエネルギーのラインは、濁流の如く乱れていて、以前の整えられた河のような太い流れは失われていた。


 レコーダーは、空を仰いで語りかける。

「どうやら、私が呼ばれたのは此処を塞げということですな?」

 見上げる空は何も変わらず、いつもの青い天球のままだ。


「……まぁ良いか。多少骨は折れるが、私の手に負えぬ相手ではない。ただ」

 レコーダーは姿の見えぬ誰かと会話を続けている。

「ここが破れたということは、鏡合わせとなる地にも災いが忍び寄っていよう……つまりは、レヒトだ」


 レヒト、かつての帝国の都。

 このアリステラの四辻から、アール湖の中心を基点として対となる場所となる。


「そちらは任せよう。その前に――」

 レコーダーは地面の奥底を覗く様にして、四辻の中央を見る。

「これほどの力だったとは……我ながら、惜しい逸材を見逃したものだ」

 レコーダーは四辻を見つめ、残念そうに呟く。

 その目にはレニを襲った龍頭亜人の姿と、その足元にうずくまったままでいる頼りない人影が映っている。


 レコーダーはひとまずレニを助けたものの、今一人をどうしたものかと思案している。

 そんなレコーダーに、姿見えぬ相手はなにごとか伝える。

「……承知した。他ならぬ、貴女の頼みだ」

 レコーダーは応えると、胸の前で指を組み、術を唱えた。


 その姿が揺らぎ、霞むように消え去る。

 レコーダーは暴れる四辻の流れの中に身を沈めた。


 人の目には見えないが、四つ辻から溢れてきていたものは『災厄』である。

 アリステラに降りかかろうとしていた災いの一つ。

 魔人と呼ばれたレコーダーは、敢えて人族の運命に干渉した。


――レコーダーがその空間に降りると、炎を纏う人影が見えた。

 その者は歩き回りながら炎を滴らせ、火柱を作っては同じ所ををぐるりぐるりと回っている。


「まだ彷徨っておるか、アヌ・ウム・イドよ」

 レコーダーはその炎の者を、古い通り名でそう呼んだ。

 アヌ・ウム・イド、つまりアヌン・メイダ――は聞こえていないのか、レコーダーを無視している。


「……器の失われた霊精というのも、哀れなものだ」

 アヌン・メイダはさきほどレニを捉えていた時の勢いは失われ、今は声も形も朧気にうろつき回るだけである。


「あいにくだが、その入れ物はお前には合わぬ。ガーディアンに返して貰おう」

「ガ……ディアン……」

 レコーダーの言葉に、アヌン・メイダが僅かに反応を示す。

「理性があるか。では」


「君に、ある名前を教えよう」

 レコーダーは、二つの名前を声にした。

 二人の人物、それぞれに与えられるはずだった二つの名前。

「一人はアステイル・アクティナ・レスファトゥス。今一人はアクエルド・ティエラルス・レセケファレオ。……これらの名には名付けた者の願いと愛情が込められている。運命を跳ね返せるように、との想いが――」


 どちらの名前に反応したのかはわからないが、アヌン・メイダを形作っていた炎の衣が揺らぎ、吹き消されるように四散した。


 炎の中から、囚われていた人物が姿を現す。


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