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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十九ノ一、王佐の血

第四部 諸国巡り・弐

二十九、蒼穹

 憎悪、欺瞞、顕示欲、破壊の衝動、享楽の誘い。野心、背徳、驕慢に傲慢……。

 虚栄心、自尊心、清らかな罪……。飾り立てる者はなく、真実は堅実――。


我は力……。

数百年に一度、力ある者の中に生まれ、さらなる力を呼ぶ者。



――アリステラ。

 気付くと、暗い空間にいた。

 真っ暗ではなく、早い流れが幾本も足元を過ぎていくのが見える。


 レニスヴァルド・アストラダは知らない場所に居た。

 座り込んでいたらしく頭を上げる。

 

(気配が……ない?)

 いつも自分を取り巻いている龍族の視線を、感じない。

 山風が抜けるような轟々という音が耳障りな場所なのに、自分の周りに誰も居ない静けさがある。

 こんなことは初めてだ。


「どこだ、ここ……? オレは確か、四辻に……」

 急いで立ち上がろうとして、足元に地面がないことに気が付く。


 足の先には深さもわからない真っ暗な空間が続いていて、赤い血流にも思える早い流れが幾筋も交差しながら駆け抜けている。

 先ほどから聞こえる鈍い音は、この流れが発する音のようだった。


 ここには上も下もない。

 レニはすかさず体を丸め、堅く目を閉じた。

「……これは、感覚の遮断……っ、落ち着け……!」

 自分に言い聞かせるように声に出す。


 しばし耐えている。

 全神経を自分の体だけに集中していると、僅かながらある方向に体重が掛かっていくことに気付いた

 注意深く、その方向に足を向けようとするレニに、瞼ごしに光が感じられた。

(灯り……いや、火か……?)


 目を開けると、自分の背丈よりも大きさな炎が揺れていた。

 炎は下から上に向かって昇るのではなく、渦巻いてその場に漂っている。全体を確かめようと視線で辿っていくと――。


――人の形をしている。

 胴体と両腕両脚、そして異様に長く見える頭部。


 全身が赤い人だ。

 そしてレニには、この人型に覚えがある。


 赤い人物は、炎のように揺らめきながら言葉を発する。

『切り離されてしまった……』

 男とも女ともわからない、複数の声。

『切り刻まれてしまった……』


「――誰?」

 レニは、誘われるように声に出してしまう。

 赤い人物は声に反応したのか、こちらを向いたのが見て取れた。


『……あの忌々しい古龍族ども……我と、我と、我に……』

 古龍族。

 レニはその言葉に反応する。

 この赤い人物は龍人に属する者だと肌でわかり、よく見知ってる誰かだとも感じた。


 突然、はっきりした肉声で耳に飛び込んできた。

『――我の納まる器は何処だ?』

 炎で形作られた者は、レニの存在を捉え語りかけてきた。


「……龍頭……?」

 揺らめく炎の肉体はその形も定まらないが、レニにはその姿がわかる。

 目の前にいるのは類人龍――龍頭亜人である。


 レニは、龍頭亜人に出会ったことも見たことも無い。だが何故かごく近しい親族、古い友、縁のある誰か……そう感じた。

 血と血が呼ぶ何者か――そんな存在に対峙した。


 龍頭の炎の者、恐らくは男と思しきその者は、その顔面をこちらに向けてレニに訊ねてくる。

『……貴様、赤龍の者だな……?』

「……?」

『赤き龍は統べる者の相……貴様か……?』

 炎の男は恐らく龍相について尋ねている、そこはわかるのだがレニは未だ自分の龍相を知らない。

 何より、男の声に威圧されてか言葉を発することも、身動きすることも出来ずにいる。


『……違うな』

 炎の男はレニの言葉を待たず、見透かして言う。

『赤き龍ではあるが……王ではない……王佐相の……血の者か……』

「え……?」

『王者を求める者ならば……主の名を我に示せ……』

 何を訊ねられているのかもわからなかった。

 龍相についても、王や主の名についても、レニには何も身に覚えが無い。

「なんの……話――」


 訊ね返そうとしたレニの声を、炎の男は一喝した。

『――聞かせろ! 貴様の王の名は? 今、龍人族を束ねている王は誰だ……!』

 レニの声を遮り、怒号が響き渡る。

 薄暗い空間全体が揺れたかのようで、レニも指一本動かせずに炎の者を目に捉えるだけだ。


『……答えぬか……否。答えを、知らぬか……』

 炎の者は声を低くする。

『……ならば、その偽りの人の形を剥ぎ、龍の精に直接訊いてやろう……』

 その身の炎が強くなった。

 レニに向かって指し伸ばされる手に、鉤爪がはっきりと見えた。


『……我は龍人の祖にして永劫に生きる者……我との誓約の印の前で、いかなるまやかしも赦しはせぬ……』


 レニの視界の中で、数本の光る糸が奔った。

 耳や肌に、何かが掠める気配を感じる。


 肌が裂け、衣も裂けた。

「――!」

 指ほどの長さの傷が身体中に次々付いていき、周囲の空間が赤い霧でけぶっていく。


 一筋一筋の間隔が次第に狭まってゆき、網の目のように絡み付いてくる様を見て、レニはそれが何であるかを理解した。

「この術は……あの時の……っ!」

 イシュマイルが、自分に掛けた術。

 レニが竜化の術をもって対峙した時に、イシュマイルが放った術式破壊の返し技。


 それは、タナトスの命を狙った者たちが塔に張り巡らせたものと同じもの。

 タナトスが甦らせた古代の魔術の一つであり、もっとも得意とした術――。


 ――縛鎖の術式。

 捕らえた術者の体を魂ごと縛り上げるこの術は、術式と術核までも破壊し、あらゆる術を消滅させるアンチ・マジック・スペルである。


 かつてタナトスの龍精をあぶり出し、今またレニの龍人としての人の形を崩していく。

「なんで、コイツが……この術をっ?」

 全身の痛みにも上回る混乱が、レニから理性を奪っていく――。



――突然。

 レニは何者かに腕を掴まれた。

 しっかりと掴んでくる手が男のものだと気付いた時には、凄まじい力で引っ張り上げられていた。

 まるで水中から引き上げられるかのように、暗い場所から一気に明るい場所へと引き出される。


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