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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十八ノ九、歌

 ルネーは、カラスを捕まえた。

 評判より若かったことに皆驚いたが、それでも科せられた刑罰は重いものだった。


 ルネーは自分の手元に置くことを条件に刑を免除させ、自分の旅に同行させて、資質を伸ばす修行も積ませた。

 だが世間で言う『良い』養父でもなかった。


 ルネーがさせたことは、さらなる罪――。

 その少年は修理工を装って入り込んだ屋敷で、家主でも忘れていそうな棚の奥から一切れの文書を見つけ出すことが出来る。

 複雑な金庫の鍵を開け、ギミックトラップの解除もこなした。


 ルネー仕込みの殺しの技は、ルネーの愛した剣術とは違って見えるものだったが、夜盗バーグラーのカラスにやいばの羽根を与え、より静かに潜むものへと育てた。


 ルネーは『ギフト』とは呼ばなかったが、その使い方と鍛え方は知っている。

 ボレアーに拠点を移した後も、ロアは何度もルネーの旅に同行し、そんな生活の中で次々と異なる才能が開花したのも確かだ。


 ロアは、今もルネーの命令を待って帝国内に潜んでいる。



――その後。

 三人のノア族がボレアーを後にした。

 ロアと、ロアの『伯母夫婦』という役のノルド・ノア族の二人だ。


 傍目に見ると伯母夫婦と甥の三人連れ。ロアはノア族の里から修行のためにボレアーに来ていると説明されているため、ボレアーへの出入りには本物のノア族である彼らがいつも付き添っている。


 三人はボレアーの街外れで竜馬車を待っていた。

 駅馬車である。

 ステーションとなる街や村を定期的に辿って移動する移送システムで、ノルド・ブロス帝国では龍族や竜族が引く車で人や荷物を運んでいる。


「ほらロア、今年の星辰刀は出来はいいだろう? ブラム親方の逸品だよ」

 待つ時間の合間に、伯母役の女が今年の荷を見せている。

「今年は炎羅の気勢が盛んだそうだ。これを持てる奴は運がいいぞ」

 連れの男もそう言って手放しで褒めている。

 二人は実の夫婦だ。


 厚めの片刃で小さな柄が特徴の星辰刀は、ノルド・ノア族が大人の証として身につけるものだ。イシュマイルの持つ双牙刀と同じロワールの街で作られており、毎年工房まで受け取りに行く大事な役目を、この夫婦は家伝として務めている。


「……凄い……。さすが、ブラムだ」

 ロアの声は屋外だとなおさら弱く、聞き取り難い。

 ロアは以前ルネーに連れられてロワールに行き、ブラムに師事していた時期がある。懐かしさもあってか、薄い笑みを浮かべている。


「で、これはあんたにってさ。ブラムから」

 女は手に持って見せていた星辰刀をそのままロアに手渡した。

 星辰の名の通り、刃背や柄に点々と星が浮き出ている。

「……」

 ロアは受け取りはしたが怪訝そうに刀を見、ついで二人の顔を見る。

「……なんで?」


「なんでって、お守り代わりだ。いずれ必要になったら改めて自分で打てって言ってたぞ。……あと、ドヴァン砦では健闘を祈るって」

「……」

 必要になる、というのは暗に帝国人になってくれという希望である。

 ロアは言葉を探している様子でいて、片手の指の中で星辰刀を器用に回している。

「……うん」

「うんってあんた」

 夫婦がロアの困っている様子を見て笑っていると、遠くから角笛に似た音が響いてきた。


 遠目に、こちらに向かってくる岩龍の大きな影が見えてくる。

 角笛のような音――岩龍の放つ声は、駅馬車の到着の合図でもある。


 頭部の退化した巨大な岩龍は、同じルートをぐるぐると歩く習性がある。

 その岩龍にルートを覚えさせ、体に車を繋いで曳かせるというものだ。一頭の岩龍に対し、御者は数世代に渡ってその役目を担い、ともに旅をする。


 岩龍の習性は四肢龍族にしてはアクティブに思えるが、いずれは立ち止まりその場にうずくまったまま大岩となると言う。歌がやむのはその時だ。


 岩龍の歌は、大きな身体をくまなく覆う岩の隙間に、風が抜けて起こる音だという者もいる。そのは笛や風の音のようだったり、鳥のさえずりのようだったりもする。

 どちらにせよ、岩龍が歌い続けているのは人々に聞かせるためで、そのために岩龍は歩き回るという伝承がある。


 そこから御者の一族は祈祷師として、時に医師や教師の役目も果たしている。



――三人は岩龍の曳く駅馬車に乗り、ボレアーより南東に向かっている。

 サドル・ムレス都市連合とは真逆の方向である。

 岩龍の駅馬車は、小ぶりな家ほどの大きさの車体が複数繋がって列車のように牽引されていて、等級によっては個室にもなる。


「里は……どう?」

 三人は客車の一部屋に落ち着き、ロアは夫婦に尋ねた。

 ロアはジェイソンに言われたことを思い出していた。


 消息不明のタナトスに続いて、ライオネルまで――。

 ドヴァン砦が落ちるということは、ライオネルの生死も多分に含まれる。


「どうって、いつもと変わらないけど……何か気になるのかい?」

「……ライオネル」

 ノルド・ノア族の族長筋であるライオネルに事があった時、ノルド・ノア族はどうするのか――。それを肌で知りたい。


 ロアは、そういった場面で人が何を感じるのか、それが想像できずにいる。

 想像出来なければ計算を狂わせる要素を見落とすことになる。そこだけは理解していて、なぜ想像出来ないのかという部分を考えることは、とうにやめている。


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