三ノ七、撤退
「………あれは?」
アーカンスの位置からも、その竜騎兵たちが見えた。
退却していく竜騎兵に皆の視線が向いていると、街道側から別の騎士団が溢れてきて整列した。
前に出た一人の騎兵が片手で軍団を制して叫ぶ。
「これ以上接近するな! 撤退を援護する!」
ロナウズの声だった。
ロナウズは竜をドヴァン砦側に向けると、声高に叫んだ。
「我らはアリステラ聖殿騎士団である! 要請により、ドロワ第二騎士団、そしてファーナム第三騎士団の撤退を支援する! これ以上の戦闘行為は無用!」
そして繰り返す。
「戦闘無用! 即時停戦されたし!」
「……」
レアム・レアドは、逃げていった竜筒の部隊に攻撃しなかった。
そしてアリステラ騎士団が街道で揃い踏むのを、ただ見ていた。
一方、門前のライオネルは、唖然とした。
さきほどの竜筒の一撃がアリステラ騎士団によるものであることは、ほぼ間違いがない。竜筒を放つには十分に訓練を積まねばならないし、そのような部隊が突如現れるのは不自然だった。
にもかかわらず、ただ「撤退支援に来た」と言い放つとは、白々しいにもほどがある。
砦の守備隊は、二人の指揮官の命令を待って、構えた状態のまま静止していた。新手の軍が真にアリステラ市の聖殿騎士団ならば、これと交戦するわけにはいかない。
傍らの兵長が、ライオネルを促した。
「……いかがなさいますか」
ライオネルは気を取り直したか、視線をバーツたちに向けた。
「バーツ・テイグラートを狙え。……構えよ」
アーカンスが、ライオネル隊の動きに気付いた。
倒れたままのバーツの元へと走り寄り、助け起こそうとする。
「下がりましょう。――団長、撤退命令を!」
バーツを抱えたまま、ジグラッドに向かって叫ぶが、ジグラッドは大声を上げることができなかった。
――その時ジグラッドの目の前に雷が落ち、雷光槍が地面に突き刺さった。
それはライオネル隊のものではなく、レアム・レアドからのものだ。
アーカンスは声を上げる。
「軍団長っ! 今のは警告です、早く撤退を!」
ジグラッドはやっとのことで言葉を繋ぐ。
「う……止むをえん……。さがるぞ…」
バーツが、アーカンスに支えられたままの状態で叫んだ。
「……第三騎士団、撤退だ。下がれ!」
ジグラッドを支えていた補佐官も続けて叫ぶ。
「撤退ーっ! 全軍、退けーっ!」
続けてそれぞれの隊長格の兵が次々に撤退を叫び、軍団が動き出した。
それを見て、アリステラ騎士団がファーナム騎士団の陣に流れ込む。
ドヴァン砦の守備隊は、ただそれを見守った。
ライオネルは不満そうに呟く。
「……ふん。レアムの奴、お優しいことだな」
ライオネルは、レアム・レアドの放った警告が気に食わない。
自分ならばあの一撃でジグラッドとバーツをもろとも焼いていたはずだ。
「敵、引いていきます」
傍らの兵がライオネルに型通りに言う。
ライオネルは答えるでもなく、アリステラ騎士団を目で追う。
「新手の連中、どうやら本当にアリステラ騎士団のようだな。見事に統制されている……」
「どうなさいますか?」
兵長が再びライオネルに尋ねる。
「ん?」
「ですから、追撃は……」
ライオネルは、特に興味がないといった声で答える。
「必要ない。負傷者と、捕虜の回収を」
「はっ!」
ライオネルは踵を返して一人、門の中へと入っていった。
ライオネルの部下はまだ筒を構えたまま、その場に待機している。
橋の上ではイシュマイルを庇ったまま、竜馬がじっと座っていた。
城壁の上では、レアム・レアドが南の方を向いて立っている。
空は相変わらず暗い。
ファーナム騎士団は、森の奥へと撤退した。