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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
275/379

二十八ノ四、カラス

――ノルド・ブロス帝国南部。

 ここに帝国に唯一残る十二神殿としてボレアー聖殿があるが、これを擁するボレアーの都市もまた帝国唯一のタイレス族の街である。


 街道都市ボレアーと呼ばれ、隣国の聖レミオール市国の衛星都市でもあり、ドロワ市と鏡合わせに両脇に鎮座する形で、巡礼者たちを迎える役割を果たしている。


 現在の聖レミオール市国、そのドヴァン砦を巡る帝国と連合の軋轢は大陸全土に余波をもたらしているが、大本を辿ればこのボレアーの街に辿り着くという。


 帝国内では国土の崩壊と汚染が広がっており、この街のタイレス族は追い詰められていた。他の種族より広い領土を必要とする生き方だからだ。

 戦を仕掛けるほどの力もない彼らは、別の手段で活路を得ようと画策する。



――一人のノア族の青年が、ボレアー聖殿にいる。

 彼は聖殿における施しに、週に一度現れる。

 ボレアー市民ではなく永住者ではないが、随分長くこの街の馴染みになっている。


「ロア、ちょっとこっちにおいで」

 年嵩の祭祀官が手招きで呼ぶ。

 ロアと呼ばれたノア族の青年は、ゆっくりとした特徴的な歩き方で祭祀官の前へと進む。

「ロア。明日にでも裏の入り口から来ておくれ。ちょっと鍵の修理を頼みたいんだ」

「……」

 ロアは、無造作に伸びた前髪の奥からじっと祭祀官を見ていたが、確認するように頷いた。

「じゃ、頼むよ。こっちは前金、こちらはいつもの」

 祭祀官は金子の小袋を二つ、ロアの手に乗せてやる。一つは仕事の前金、一つは聖殿から支給される施しの金子。

 ロアはそれらを懐に入れてしっかりと隠した。


 聖殿での施しはこのあとで食事も振舞われるのだが、ロアは受け取らずに聖殿を後にする。


 ロアはボレアー聖殿を出て表通りを歩いていたが、さほど進まないうちにまた立ち止まる。そして聖殿の壁を背に、地面に座り込んで休息している。

 一息ついているロアの前を、ボレアーの人々が行き来する。


 荷を背にして運ぶ人、呼び交う露店の声とそれにつられて買い物する人々、時折通る大きな竜馬の荷車。どの民に関わらず日常的な都市の風景である。

 ロアはそれを、深い茶色の瞳でじぃっと眺めている。


「ロア」

 誰かが足を止めて呼ぶ。

「さっき店に行ったが、ここだったんだな。あとでまた行くから、親方にそう言っといてくれ」

 また別の、今度は年配の女性が声をかける。

「おやロア、お前が油を売ってるって親方がぼやいてたよ。お客が待ってるって」

「……」

「早く戻ってあげなよ」

 ロアは首を傾げるようにして聞いていたが、また無言で頷いた。

 億劫そうに立ち上がると、拝殿の壁から離れてゆっくりとした足取りで歩いて行く。


 後ろからきた荷車の男が声をかける。

「ロア、工房に戻るのかい? 乗せてってやるよ」

 男は親しみを込めて言ったが、今日のロアは片手だけでそれを断った。

 いつも無口である。

「お、そうかい。じゃ、また今度な」

 男は梶棒を掴み直すと、いつもの歩調に戻って荷車を曳いて行った。


 ボレアーの街の人々は、ロアというノア族の青年にごく自然に接している。

 ロアレルムストー・キルグムという名なのだが、長いので皆がロアと呼んでいた。


 タイレス族の親方の工房に、鍛治屋の内弟子として季節毎にボレアーにやってきては一定期間だけ滞在する。ノア族の戦士としての生き方を諦め、生きる技術を学ぶためだという。

 屋号を持たず雇われの身なので名こそ売れていないが、周囲の人々はロアに愛着を持っていた。


――ノルド・ブロス帝国にはかつて、三つの人族が軋轢もなく生活していた。

 北部に龍人族、東にノア族の里、南部はタイレス族、と住み分けこそされていたが、その交流はスムーズなものだった。


 だが百年前の『レヒトの大災厄』の後はその均衡が崩れた。

 アウローラ・アルヘイトが帝政を敷いてからは徐々に緊張が増しつつもある。


 そんなボレアーにあって、ロアは実に巧みにタイレス族の中に溶け込んでいた。


「ロア! ようやっと戻ってきたかい」

 工房の中から、ロアを目ざとく見つけた親方が出てくる。

 客が待っているからと急かして肩を抱くように引き摺りながら、決まり悪そうにそっと耳打ちする。

「……悪ぃ、俺には手に負えなくてよ……」

「……」


 ロアが工房に設えられた店に入ると男の客が二人いて、先日仕上げたばかりの斧を受け取り確認していた。

「よう、ロア」

 男たちは気さくに声をかける。


 入り口の脇には客の為のテーブルがあり、老婆が一人ちょこんと座っていた。

 さほど長い待ち時間ではなかったのだが、陽気が心地よいのか老婆は居眠りをしている。テーブルの上には老婆が持ち込んだらしき小さな箱型の時計が置いてある。


 ロアは老婆の品を手に取り、手の中で角度を幾度も変えながら観て、耳にも当てて様子を覗う。

「……ギミックか……こまけぇな」

 ぼそりと呟いた。

 掠れ果てて声とも息ともとれぬ小声だが、直せると判断したのか親方を見て頷いた。


 ロアは店の奥にある作業台に時計を置く。

 引き出しからジェム・ギミック用の工具を取り出して、順に並べていく。


「頼むぜ、ロア。婆さんの大事な品なんだ。時間かかってもいいから何とかしてやってくれ」

 この工房では鍋やナイフなど家庭で使う物なら何でも扱い、修繕もする。

 親方の専門は鋳物で農具、工具などを扱うが、錠前や時計などの細かい仕掛け物は得意でない。

 ましてギミックとなると鍛冶屋の専門外である。


 親方は安堵の息をついて仕事に戻ろうとしたが、その背にロアが声をかける。

 親方が振り向くなり、ロアは聖殿で貰った金子の小袋を二つとも放り投げる。親方はお手玉のように片手で器用に受け取り、ロアの無作法は捨て置いて袋の模様を確認する。

「……ロア。うちは別に構わんのだぜ」


 親方はそういうと、棚に在る小箱を幾つか手にとって言う。

「ちょっと出てくるから、店番も頼む」

 親方は身支度に奥へ引っ込み、そこでロアから受け取った金子の小袋を開いた。


 小袋の中から、小銭に混じって小さな文が出てくる。

 親方はその小さな紙切れを、拡大鏡の下に持って行く。


「こいつぁ……大変だ」

 客たちには悟られぬよう、声にならない驚きの表情でいる。


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