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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
272/379

二十八ノ一、虚実等分

第四部 諸国巡り・弐

二十八、欺く者

 アーカンスの様子はさておき、サイラスはギムトロスに言う。

「えぇと、貴方。ジグラッド・コルネス殿に、わたしの代わりに伝えていただけませんか」

 サイラスはギムトロスの偽名などには興味がない。

「ん? 儂がか?」

「えぇ」

 サイラスは、ギムトロスに伝言を頼んだ。

「わたくしの名はサイラス・シュドラ。第四騎士団の相談役です」


「じつは……第三騎士団の方々が帰還後、処分を受けていた時に、わたしはどさくさに紛れてアーカンスを引き抜いたのですよ」

「む?」

「多少強引だったのでご挨拶もまだでしたが、なに、その時はジグラッド・コルネス殿も謹慎中で、面会も何も出来ませんでしたのでね」

「ほー、そんなことが」

 ギムトロスには色々なことが初耳である。


アーカンスは優秀です。わたしの直の手足として役に立ってくれてます。さすがは元遊撃隊の隊長というべきかな」

 サイラスの白々しい口調に、アーカンスは険しい表情でいる。

 サイラスは何を思ってこんなことを言い出すのか、アーカンスにはわからない。


 その後。

 ギムトロスはサイラスの部下へと預けられ、聖殿を後にした。

 サイラスもまたアーカンスを連れてファーナム聖殿を出る。


 詰所に戻るのかと思いきや、サイラスは巡礼路を逸れて古い小路へと降りていった。

 ファーナム聖殿の周囲は緑豊かな山の中。

 それまでの石壁と煉瓦の人工的な空間から離れ、木々と草地の道を往く。足元の石畳は土の中に崩れ、かつての道は途切れかかっていた。


 ひと気のない自然の中を歩きながらサイラスは、アーカンスにストレートな質問をぶつける。

「先ほどのノア族、貴方の手の者ですか?」

「……」

「わたしとしては、貴方はもう少し面白い行動をとってくれるかと期待していたのですがねぇ」

 アーカンスは少し後ろを歩いていたが、何も答えずにいる。


「……わたしが、あの老人を無事にジグラッド・コルネス殿の元へ送るか、心配しています?」

「えぇ」

「正直ですね。ですが、わたしが貴方の浅い嘘を見逃したのは、彼の口からジグラッド・コネルス殿に貴方の状況を説明させるためです。裏はありませんよ――まぁ、貴方に貸しを作るという目的もありましたが」


 サイラスの『伝言』には嘘が混じっている。

 アーカンスの移籍はサイラスが引き抜いたのではなく、アカルテル・ハル・ルトワの工作によるものだ。知っていてなお受け入れたのは、その狙いを探るためでもある。

 しかし、そこはジグラッドに教える必要はない。


 代わりに、アーカンスが逃したままになっていた釈明の機会を与えた。

 アーカンスの心情などは横に置き、サイラス自身の目的を優先した上で、だ。


「アーカンス、わたしはね。第三騎士団とは友好的に繋ぎを取りたいのですよ。これはその布石に過ぎません」

 サイラスは嘘の中に誠を混ぜる。

「我々第四騎士団は『外』での活動が出来ません。第三騎士団はほどよい同盟相手になりましょう。……ですが、このことはアレイス殿には言っていません」

「……」

 アーカンスには、サイラスの言わんとしていることが掴めずにいる。


 実際、いつもにも増して今日のサイラスの言動は難解だった。


「見てください、霊峰・風炎山が今日は綺麗に見えますね」

 サイラスは、ジグラッドやギムトロスの件は切り上げ、休息を楽しむかのように話しながら歩いている。

 外見から覗える年齢のわりに、歩く速度は早い。


「ファーナムは切り立った山に張り付いて存在する街……あの連なりの彼方には外海があり、絶えず黒い嵐に閉ざされた死の海がある」

 アーカンスも無言で風炎山に目をやる。

 白い尾根が続く向こうには、青い空が広がっているのみだ。


「古代の人々は風炎山に守られていると感じたのでしょう。外海から流れてくる毒の風を、山に住む『風の神』が防いでくれていると信じていました。人々は山に祈りを捧げ町を作り……それが、今のファーナムの起こりだといわれています」


 風景は美しいが、ファーナム周辺の地形は大きな街を作るには余り適していない。山は険しく農地となる平地は少ない。

 そうした不便を補ったのがジェム鉱山とジェム・ギミックの技術である。


 食料を輸入に頼り、代わりにジェムを輸出する。

 水源もまたプラントで保たれている。

 ファーナムは、ジェムによって成り立っている街である。


「つまりはです。ファーナムに古くは聖殿は無かった……ということですね」

「えぇ」

「ジェム鉱山にタイレス族が集まるようになり、ハノーブ神殿を移設したのが――今のファーナム聖殿だといわれています」


「神学校では『はじまりのうた』にある十二の杭が、そのまま十二聖殿だと習いますが……それだと数が合わないのは周知の事実。また巡礼路は十二聖殿を巡るというのも、古地図と照らし合わせると矛盾があります」

「……えぇ」

 サイラスらしからぬ言い方に、アーカンスは曖昧に相槌を打っている。


「この小路はね、かつての巡礼路の名残なのですよ。巡礼たちはここを通り、ファーナム聖殿と大図書館ライブラリーを訪ねていました」

 そう話すサイラスであるが、その足元は荒れていて崩れそうな道脇の下はもう急な斜面である。

「……今はこの通り、廃れています」

「……」

 アーカンスには、何故サイラスが今こんな場所を歩いているのか意図が掴めない。それに付き合わされている自分の状況も。


 サイラスも、アーカンスがあまり乗ってこないので、はしゃぐのを止めて本題を口にする。

「……貴方の部下との話、聞かせてもらいました」

 前日の盗み聞きの件である。

「少し、正さねばと思いましてね」

 サイラスは、第四騎士団に関する話をアーカンスに語るつもりでいる。


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