二十七ノ八、アシュレー
「ガーディアン。あんた、バーツ・テイグラートだろ」
男の方が先に言う。
「昔ファーナム騎士団に居た――」
「昔ってほど昔じゃねぇよ」
「……なるほどな」
男は姿勢を戻すと、扉を開いた。
「興が乗った。同郷の誼みで採算度外視で協力してやるよ」
高速艇の持ち主というのは、どうやらこの男らしい。
周りにいる砂船乗りたちも雇われではなく仲間らしいが、その点もファーナムっぽさが残る。
「ガーディアンの手助けをしたとなると、箔もつくしな」
その言葉にバーツもニヤリと笑うが、ただどうしても思い出せずにいる。
男はバーツのことを『聞いて』知っているらしいが、その印象的な顔立ちや背格好に覚えがある。
バーツ自身、ファーナム時代には悪目立ちしていたので一方的に知られていることはよくあり、必要以上に他人に関心を持たないようにもしていたから、初対面のこの男がバーツの記憶にあるのは不思議な感覚だった。
「――まぁ入ンな。詳しい話は部屋んなかで」
男が親指で酒場の中を指すと、バーツたちの前にいた者達もさっと道を開けた。
「……ありがたいね」
バーツも言われるままに従うが、ふと見るとイシュマイルが何か言いたそうに見上げている。
「なんだよ」
イシュマイルは首を横に振る。
「オミゴトデス」
まったくの棒読みでそう言った。
「俺の名はアシュレーだ。ただのアシュレーだから、あんたもそう呼んでくれ」
ホールに入るなり男はそう名乗ると、艇長はじめ主要なメンツを幾人か紹介した。そして酒場の一席に陣取り、バーツにも席に着くよう促す。
店内には他に客はおらず、幾つかのテーブルを隅に避けて広いスペースを確保していた。
横柄な振る舞いに見えるが、こういった強気な演出も必要な商売である。
アシュレーは砂船乗りたちの真ん中で脚を組んで座っていて、その様は平均的な体格ながら周りより大きく見える。
「出航は明日の夕方だ。それまでは此処で仕事があるから、あんたたちは好きにしててくれ」
段取りを話し合うアシュレーとバーツたちの卓に、砂船乗りが飲み物を二つずつ置く。
一つは水、もう一つは甘く煮詰めた茶である。
「バーツ、僕レアムのこともう少し聞いて回りたい」
「そっか、それもあるな」
身支度などもあるし、アリステラ商船にも一度戻らねばならない。
アシュレーは宿も提供すると言ったが、バーツはアリステラ商船の船室でもう一泊すると断った。
「じゃあ、ひとまず俺の船を見に行くか」
段取りが一通りつくと、アシュレーは町外れの船着場にも誘った。
互いの信用のためである。
砂船乗りたちにガードされながら、町外れまで石畳の道を行く。
石畳は水で言う桟橋のようなものだ。
白く伸びる石の桟橋の先に、砂に浮かぶ綺麗な船影が見える。
絵本で見た四角い帆が連なる船を連想していたが、実物は流線型の細長い船体で、帆の数も少ない。
「こいつぁ……ギミックか」
バーツには砂船の知識こそ無いものの、ジェム・ギミックについては感覚でわかる。
アシュレーは自慢げに答える。
「あぁ。オヴェスにファーナムから来た連中の工房がある。この船の動力部分はそこで造った」
オヴェスは、商業都市オヴェスと呼ばれる。
ウエス・トール王国随一の都市であり、他国との交流も盛んで大陸北部の要となる拠点である。
賑わいでいうなら古都テルグムをも凌ぐものだった。
「……なるほど。ファーナム人だから裕福なのかと思ったが、必要なのは技術の方だったか」
「たしかに実家はファーナムの豪商だったよ。だからコネはあった。……だがオヤジの金で買った船じゃない」
「大したもんだ」
バーツも素直に褒めている。
「それだけじゃないさ」
アシュレーは腰に巻いた帯を探り、一振りの短い刀を取り出して見せる。
腹部にちょうどフィットする長さと形状の曲刀である。鞘にも帯にも華麗な装飾が施されている。
「これはウエス・トール王国の男が一人前の証として持つ刀だ。だがな……」
アシュレーは慣れた手付きで刀を鞘から抜く。
金属の擦れる独特の音に、イシュマイルは聞き覚えがあった。
「ブレードはノルド・ブロス帝国、ロワールのものだ」
「……双牙刀とよく似てる」
「ノア族とは文化も似てるからな。んで、この鞘と柄にはファーナム製のギミックが仕込んである」
「さらに、聖レミオール市国で受けた祝福の加護が付いてる。――な、逸品だろ」
「まったくだ」
バーツは感心と呆れ半分で口笛を鳴らす。
この一振りに、大陸各地の要素がぎっしり詰まっていて、いかにもアシュレーの得物らしい。
「あんたが身につけてるギミック・アクセサリーも、中々の出来じゃねぇ?」
バーツも首からジェムの首飾りをかけているが、アシュレーは全身に装身具を付けている。王国民や砂船乗りにはよくあるスタイルだ。
「それ全部ギミックなの?」
イシュマイルの目にはどちらも珍しく映る。
その姿に、ふとドロワで会ったタナトスの姿を思い出す。
「半分くらいはな。残りは宝石。常に身につけて移動するのがウエス・トール流だ」
そしてアシュレーは、胸元を飾る無色透明の石の嵌った留具を見せて言う。
「硬度の高い原石は殆どが工具として加工されるが、財産としての価値も高い。こいつなんかはジェム・アクセサリーでは出せない色だけに、尚更希少性があるわけだ」
確かに魔力の源であるジェムは、安定させる為に加工される過程でどうやっても色が付く。天然の宝石ならではの透明度である。
宝石とジェムは見た目にはそっくりで、名称も同じなので紛らわしいが、用途も原材料もまるで違うものだ。
「すっかり王国に馴染んでるみたいだな」
バーツの目には、アシュレーにはこの国の装束が似合って見える。
「……俺の一族は、元々ウエス・トールの出身なんだ」
アシュレーは少し言葉を選んで言う。
「俺はオヤジに反発してファーナムを捨てて戻ってきたが、現実は甘くない。使えるものは何だって使うさ……今ならオヤジの傲慢さの理由もわかる気がする」
「オヤジさん?」
「暴君の息子は凡愚ってな。俺は俺流に一族の伝統を守る。今じゃここが俺の居場所で本拠地だ。ファーナムにあるオヤジの店より、でかい商売をしてやるのさ」
アシュレーはまた砂の地平線に目をやる。
くっきりとした空と砂の景色、その彼方に何が見えているのか、遠い目をしている。アシュレーはかなりのロマンチストらしく、こういう姿が絵になる男だった。
「……」
バーツはその横顔を見ていた。
そして既視感の源に気付き始めていた。
似ているのだ。
ごくごく近くで知っている顔に、アシュレーは面影が似ている。
一族がこの国の出身で豪商であることや、威圧的な父親の話などに思い当たる節がある。