二十七ノ七、応酬
小さい港町のことなので、すぐに目当ての酒場は見つかった。
目印の鍛治屋のところを曲がると、まず目に入ったのは通りに立っている変わった服装の男たちだ。
男達はある店の前に張り付いていて、その扉には星神ブリスの紋章が描かれている。
「……あれか。砂船乗りってやつだな、子供の頃聞いた通りの装束だな」
ウエス・トール王国の砂船乗りの話は、子供の喜ぶ童話や寓話にもよく登場する。
男達は全身を覆う長い衣服と砂避けマント、顔まで隠れるほどの被り物を身につけていて、まさに物語から抜け出てきたかのようだった。
声を掛けようとするバーツを、イシュマイルが止めた。
「……僕が話すよ。さっきみたいなのが通じる人たちじゃなさそう」
「さっきみたいな?」
「わざと喧嘩吹っかけたりさ」
「ほう?」
バーツは逆らわず、イシュマイルが先に声をかけるのを見ている。
「あの……この酒場に高速艇の船主の方がいるって聞いたんですけど」
イシュマイルは店の前にいるマント姿の男達に近寄り、道を尋ねるような口調で話し掛けた。
男たちはすかさず酒場の扉前を塞ぎ、立ちはだかる。
男たちは腹部に幅の広い帯を締めており、その上から幾本の短刀が納まった剣帯を重ねて掛けている。それらを飾る装身具にはジェム・ギミックが仕込まれてもいて、隙のない武装である。
「僕たち、テルグムへ行きたくて。乗せてくれる砂船を探してるんです」
「どこから来た」
「アリステラから……サドル・ムレスの」
「アリステラならオヴェスの港に着くはずだろう。ここからテルグムを目指す奴は居ない」
男達は、相手が子供でも警戒心を解かない様子だった。
イシュマイルはいつになく言葉に迷い、何を話すべきかと逡巡する。
アリステラ船は航行不能になり拿捕されて、色々あって解放された時にはもうオヴェス行きの航路から遠く離れていた。
誰かに助けられた気がするが、今この場での説明に必要とは思えず、まず何者だったかも思い出せない。
ともかく浮かんだ言葉を口にする。
「船が流されてしまって……」
「この季節に? どっちにしろ、オヴェスまで行ってから捜すんだな」
さっきの大男とは違い、彼らにはイシュマイルの演技も通用しない。
この酒場以外ならどこにでも行け、とばかりに顎を振った。
バーツは暫く様子を見ていたが、助け船を出す。
「俺はそいつの連れで、ガーディアン・バーツだ。ガーディアン・フィリアに会いに行くついでに、この辺りを見て回ってる。船主と交渉させてくれ」
「……ガーディアン?」
怪しむのも無理はない。
バーツの外見はよく聞くガーディアンの風体でなく、かといってノア族らしさもない。そもそも砂漠を渡ろうという者の格好でもなかった。
「ガーディアンだという証拠は?」
「……」
バーツは腕組みをしていたが、目を閉じて片手を前に差し出した。
その掌に、柔かい光の玉が現れる。
真昼間の陽射しの中でも明るい輝きを前に、強気でいた男たちもたじろぐ。
「それは……っ」
雷光槍、その変化形の一つ。
球形の光が揺れ、針のような両刃の武器が現れた。
掌の上で浮き、明るい光を纏っている。
バーツが手首を返すように拳を握ると、その光も武器も消え去った。
手の中に吸い込まれたかのようだった。
「レアム・レアドっての、知ってるか?」
「……う」
男達はまだうろたえていたが、頷きで肯定する。
「やつもガーディアンだ。俺なんかより遥かに強い力で、雷を呼ぶといわれる。どんな話でもいい、聞かせてくれ」
バーツは高速艇の話ではなく、先にレアムの名を出す。
男達は互いに顔を見合わせ、なんとか記憶を探りつつ答えた。
「いや……詳しくは、ない。会ったこともない。俺たちは最近になって仕事を始めたばかりだ……」
(あいつ、思ったより知名度ねぇな)
ここまでで耳に出来たのは、テルグムより北に居た頃の噂だけだ。
「そっか。なら、あんたらの『リーダー』に会わせてくれ。俺はこの国の者じゃねぇし、あんたらの商売を妬む連中とは違う」
バーツは言葉の選び方を変え、男達は見透かされた事にはっと息を飲む。
「俺はオヴェス・ノアの一族だが、ファーナム生まれのファーナム育ちだ。あんたらみたいな出来る新参者がどう扱われるかは、知ってる」
「……」
顔を見合わせる男たちの後ろから、声がした。
「――いいんじゃない? 通してやれよ、そのリーダーとやらに」
バーツには、耳に馴染む発音である。
マント姿の男たちが後ろを振り返ると、酒場の扉に後ろ姿を半分見せた男がいる。扉に凭れる格好で向こうを向いていたが、会話の内容をずっと聞いていたようだ。
「なんで俺たちのことを出来る新参者って言った?」
男は背中越しにこちらを覗いつつ、問う。
その横顔に、そして声音にもバーツは既視感を覚える。
「最近になって仕事を始めたって言ったのは、そっちだ」
「……そりゃ迂闊だったな。だが出来るかどうかは――」
「見りゃわかる」
バーツは男と話しながら、それとなく観察している。
男はマントを羽織っておらず、すっきりとした格好でいる。
両肩が出るシャツを着てジェムの装飾品を身に付けている様は、ファーナムの若者を彷彿とさせた。その言葉もまたファーナム訛りがある。
(どこかで会ったっけな?)
バーツは顔には出さないが、記憶にどこかに引っ掛かるものを感じている。
「店で聞いた高速艇の話はあんたンとこの一隻だけ、その持ち主ときた。酒場にいるっていうから騒いでるバカかと思ったら『仲間』はかっちり統制とれてて抜かりはねぇ」
「……」
「揃いも揃って装備も身なりもいいし、酒場を借り上げてる風なのに他の船頭とはつるんでねぇ。大人しくしてる時点でお察しだ」
「――それに俺はガーディアン・フィリアっつったが、この国の奴らはそうは呼ばねぇ」
男が反応し、バーツの顔を見る。
「つまり、あんたたちは『お客さん』だ」
バーツはわざと長々と説明したが、大方は一目でわかるものだ。
相手がどのタイミングで否定や修正を入れてくるかを見計らっている。
「……なるほど、よく見てるな。聞いた通りだ」
「聞いたってどこでだ。それにその発音、ファーナムか?」
「食えねぇ奴だな、その通りだよ」
男は感心したように鼻で笑う。