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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十七ノ六、捜し人

 バーツに何か一言いってやろうという顔のイシュマイルに、男がぼそりと言う。

「……何しに行く?」

 見ると、男は先ほどの姿勢のまま視線だけをイシュマイルにくれている。

 相変わらずの強面であるが、イシュマイルは慣れている。

「テルグムだよ。人を、探してる」


「誰を」

「……」

 男の問いに、イシュマイルは横を向いて寂しそうな表情を作り、返事の代わりにする。

「……悪かった」

 男は何事か察して問いを撤回した。

 この国ではよく聞く話、そう男は受け取った。


「手間かけたな」

 飲み終わったバーツが器を台へと返すと、先ほどの店員が声をかけた。

「あんた、テルグムに行くなら、北側の連中じゃ駄目だ。港に戻る道の、鍛治屋のとこで東にいって二軒目の酒場――そこに高速艇の持ち主が滞在してる。頼んでみな」


「高速艇?」

「テルグムに行くなら、並の砂船じゃ駄目だ」

「へぇ、そんなもんもあるのか……」

「ここらじゃ余り見かけないけどね、必要ないから。あんた達は運が良いよ、乗せて貰えたなら、だけどね」


 この店員は話をしてくれる。イシュマイルはそう思い、さっきは言わなかった名前を口にした。

「じゃあレアム・レアドについて、何かわかる?」

 店員と男は大きく反応して、イシュマイルを見た。


「おい……」

 バーツもイシュマイルの顔を驚いたように見ている。

「あ、うん。ごめん……聞きたくて」

「だからって――」

「それ、ガーディアンってやつだろ」

 やはり答えてくれたのは店員の方だ。


「俺たちはよく知らないが、北の方に居たってのは知ってる。だが随分前に、弟子を育てるとかでサドル・ムレスに渡ったっきりだぜ」

 その言葉に、イシュマイルの鼓動が高鳴る。

「弟子……って?」

「どこの街の話だ?」


「詳しくは知らん。どっかの騎士だって噂だ」

「……」

 バーツとイシュマイルは顔を見合わせる。

 弟子の騎士とは、ハロルド・バスク=カッドのことだろう。


「それはずいぶんと前の話だ。最近のはねぇのか?」 

「知らないねぇ」

「……仇か?」

 ぼそりと言ったのは強面の男である。

 店員も、男の横にいて同じようにイシュマイルを見た。

「ううん、まだわかんない。ただその人の足跡を追えば、僕の捜してる人も見つかるかもってくらいで」

「……」

 イシュマイルは詳しくは語らず、男たちはそれを話したくないからだと解釈した。


「なら……星に訊け」

「星?」

 すると店員が横から答える。

「星神ブリスはすべてを見ている……どこに居ても。テルグムの北だろうと、サドル・ムレスだろうと――」


 店員はそのまま顔を引っ込めようとしたがバーツが呼び止めた。

「ありがとうよ、二人とも」

 もう一枚コインを弾いて飛ばし、店員は片手でそれを受け取った。

「こっちも。弟が無愛想をして悪かったな」


 バーツとイシュマイルは、まずは店から離れる。

「……兄弟だったのか」

「似てないもんだね」

 聞こえないように小声で話している。


 教えてもらった通りに港に向かって少し戻ると、アール湖の湛える水面の色が目に入った。見飽きたと思った水の色だが、やはり水辺の景色は安心する。


「ほら、食っとけよ」

 バーツは先ほど追加で買った袋をイシュマイルに手渡す。


 袋の中身は、砂糖をまぶした揚げ菓子だった。

 揚げ菓子はウエス・トールの港町ではよく見掛ける。子供の菓子と注文はしたが、砂船乗りたちはこういった物を好んで食べる。


 慢性的に食材が少なく、環境は苛酷である。安くて腹を太らせる間食を手っ取り早く、それが砂船乗りに好まれる。

 一口かじってみると、使いまわした油で揚げた甘い生地に、こってりと蜜と砂糖が掛かっていて極端に甘い。

 

「……ヒツジの睨みあいってやつだね」

 イシュマイルは、さきほどのバーツと大男のやりとりをそう表した。

 タイレス族には馴染みのない慣用句だが、気弱な者同志が内心ビクビしながらも互いに虚勢を張り合う様を言う。


「いいんだよ、ああいう定番の台詞の方が効果があるんだ」

「前時代的ってやつだよ、それ。大人しく二枚払えば良かったのに」

 イシュマイルは、子供を叱る大人のような顔でいる。

「あれは俺の金じゃなくて聖殿からの支給金なんだよ、無駄にしちゃあ駄目なの」

 バーツはまたイシュマイルの口調を真似ながら反論し、横から袋の中の菓子を一つ取った。


 無駄にしないという割りには三枚も払ったわけだが、足元を見られて倍払うのと、交渉の末チップとしてこちらから払うのでは意味が違う、というのがバーツ流の考えである。


「それにしてもお前、さっきは中々良く出来たな」

 喉の渇きそうな甘い菓子を頬張り、バーツは手についた砂糖を払っている。


 ドロワの露店や、アリステラでの美食を思えば値段に釣り合わない味ではあるが、バーツもイシュマイルもこんなものだと思って食べている。

 こういう時、二人の大雑把な性格は幸いの方に働く。


「さっきって?」

「あの大男さ。お前の同調の術でうまいこと気を逸らしたな」

「……」

 イシュマイルには何のことかわからない。

「僕が?」

「あぁ。……自覚なしか?」

 イシュマイルは答えず、ただ頷いた。

「アイスと同じだな」

 イシュマイルにしてみれば、あの時あのままだと厄介な事になりそうだと思っただけだ。


「なんか……やだな」

「そうか? 操ったわけじゃなし、気を逸らすくらいなら話術でも出来る」

「でもやっぱり……嫌だよ」

  バーツは答えず、笑みで頷くのみだ。


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