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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十七ノ五、星神ブリス

――ウエス・トール王国の、とある港町。

 アリステラ市からの商船が、予定外に此処に入港した。

 元は商業都市オヴェスの港に入る予定であったが、途中のトラブルで大きく航路が外れたためだ。

 補給と積荷の一部交換のために、この小さな港に立ち寄った。


 バーツとイシュマイルは、ひとまずはこの港で案内人を探してみる。

 ここで見つかれば良し、そうでないならオヴェスまでまた船で行くしかない。


「古都テルグムに向かうには、砂船ってのに乗らないといけないらしいな」

「砂……の船?」

「帆を張って砂の上を進む、その方が早いんだと」

 バーツも実物を見たことはないので、説明も曖昧である。


「なんだか、埃っぽいね」

 イシュマイルはバーツと並んで歩きながら、いつもは背に垂らしているフードを被り背中の装備を整えている。

「砂漠の砂がここまで飛んで来てんのかな」

 港のある小さな町の景色を眺める。


 アール湖の水辺を背に、町並みの隙間から見える地平線はたしかに土の色をしている。妙に空が高く感じる。


 イシュマイルは気付いた。

 この周りは船員を相手に飲食を提供する店が並んでいるらしいが、店員にしても客にしても、観察するようにイシュマイルとバーツを見ている。

 二人の服装はたしかに此処では目立つものだ。


 イシュマイルは典型的なタイレス族の顔立ちだが、ノア族の装束で居る。

 バーツはノア族の容姿ながら、ファーナムの遊び着のようなラフな格好のままで、砂漠を渡ろうとしている割に無防備なほど薄着である。


 それにガーディアンとしては、顔も名前も知られていないバーツである。

 聖殿や関連の施設が何もない町では、交渉事一つにしてもガーディアンの特権など通用しないのが現実である。

 金銭と手間をかけて、案内人を探すしかない。


 バーツは手近な小屋に近寄り、カウンターらしき台に肘をついて中の人を呼んだ。

「……」

 無口で、厳しい顔つきの大柄な男が振り向き、近寄ってくる。

 そしてバーツと同じように台に肘を付いて睨み返してきた。剃り上げたこめかみに、星神ブリスの紋章が刺青されている。


 砂漠の民にとって星は標であり、星神ブリスはもっとも強い信仰の対象となる。

 これは他の都市にはない独特の信仰の形でもある。


「乗せてくれる砂船を探してる。どこに行けばいい?」

「……」

 男はそのままの姿勢でいて、全神経を眼力に注いでいるかのように睨んでいるだけだ。

「あー……、うん」

 バーツは頭を掻き、少し考えて言い方を変える。


「わかった、まずは飲み物をくれ。二人分、片方は子供だ」

 イシュマイルは景色を見ていたが、時間の掛かっているバーツの様子に気付いて近寄ってきた。

 店先の小窓から、大男が強面でもって接待している。


「バーツ、どうしたの?」

 イシュマイルも事態を把握してはいるが、知らないフリで子供の口調で尋ねる。

 男はまだバーツを睨んでいたが、片手だけでもって後ろで調理していた店員に伝える。店員は鍋から離れて、普段通りの品物を用意した。


「二」

 男は値段を告げた。

 その横で、店員が飲み物をカウンターに置いてまた戻っていく。

「二? ……一じゃねぇの? 他の客が一だけ払ってるの、俺は見てたぜ」

「二だ」

 男はまだバーツの顔を睨んでいて、譲らない。

(埒が明かねぇな……)

 バーツも降参したように首を振る。


「バーツ、僕お腹も空いたな」

 イシュマイルも空気を読んでか、追加のオーダーをする。

「そうか。じゃあ子供にも食えそうなものを一つ頼むよ。それを併せて、二だ」

「……」

 男は反応しなかった。

 だが後ろにいた店員は、棚にあった袋をさっと取ってカウンター台に置く。

 バーツはそれを取り、後ろ手にイシュマイルに渡す。

「二だよな?」

 バーツは硬貨を二枚男に見せ、一枚を爪先でピンと弾いて飛ばした。


 カウンター台の上にコインが落ち、その場でくるくると回っている。

「……あんたさ、用心棒か何かか? もうちょっと笑ってもいいんじゃね?」

 コインが回る音が気に障ったのか、男がピクリと眉を動かしてコインを見る。

 コインは回転をやめてその場に倒れた。

「……舐めてんのか。自分が余所者だってぇ自覚はあるか」

 外見に似合った太い声である。


 ようやく相手が乗ってきたので、バーツも笑って言う。

「そうだな。ここらにいる連中全員相手に立ち回れるかって言いたいんだろ? でもなぁ――」

 バーツは身を乗り出して、男に額を付き合わせんばかりの距離で睨み返す。

「どっちにしろ最初に痛い目みるのはあんただ。俺の事は気にすんな。曲がった鼻や歪んだ顎でこの先生きていきたいか」


 脅しの台詞としては陳腐であったが、バーツは僅かに『力』を表に出した。

 喧嘩慣れしている男には、その気配が伝わった。

「……失せろ」

 男はともかくもそれだけ口にしたが、バーツはまた食い下がる。

「まだだ。砂船の話、教えてくれ。どこに行けば雇える?」

 そして残る一枚のコインも爪で弾いて飛ばし、コインは男の額で跳ね返った。


(……まったくもう)

 イシュマイルは呆れている。


 横から顔を出して応えたのは、先ほどの店員である。

「砂船なら、街の北側の出口だ。そこに船頭がたむろしてるから、適当に声をかけて回ってくれ」

 忙しそうに調理する片手間にバーツに言った。

 イシュマイルが代わりに礼を言う。

「北側、だね。ありがと」


 イシュマイルはその場で飲み物を飲み干して、器を返した。

 バーツにも早く飲むよう急かし、バーツはようやく台から離れる。


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