二十七ノ五、星神ブリス
――ウエス・トール王国の、とある港町。
アリステラ市からの商船が、予定外に此処に入港した。
元は商業都市オヴェスの港に入る予定であったが、途中のトラブルで大きく航路が外れたためだ。
補給と積荷の一部交換のために、この小さな港に立ち寄った。
バーツとイシュマイルは、ひとまずはこの港で案内人を探してみる。
ここで見つかれば良し、そうでないならオヴェスまでまた船で行くしかない。
「古都テルグムに向かうには、砂船ってのに乗らないといけないらしいな」
「砂……の船?」
「帆を張って砂の上を進む、その方が早いんだと」
バーツも実物を見たことはないので、説明も曖昧である。
「なんだか、埃っぽいね」
イシュマイルはバーツと並んで歩きながら、いつもは背に垂らしているフードを被り背中の装備を整えている。
「砂漠の砂がここまで飛んで来てんのかな」
港のある小さな町の景色を眺める。
アール湖の水辺を背に、町並みの隙間から見える地平線はたしかに土の色をしている。妙に空が高く感じる。
イシュマイルは気付いた。
この周りは船員を相手に飲食を提供する店が並んでいるらしいが、店員にしても客にしても、観察するようにイシュマイルとバーツを見ている。
二人の服装はたしかに此処では目立つものだ。
イシュマイルは典型的なタイレス族の顔立ちだが、ノア族の装束で居る。
バーツはノア族の容姿ながら、ファーナムの遊び着のようなラフな格好のままで、砂漠を渡ろうとしている割に無防備なほど薄着である。
それにガーディアンとしては、顔も名前も知られていないバーツである。
聖殿や関連の施設が何もない町では、交渉事一つにしてもガーディアンの特権など通用しないのが現実である。
金銭と手間をかけて、案内人を探すしかない。
バーツは手近な小屋に近寄り、カウンターらしき台に肘をついて中の人を呼んだ。
「……」
無口で、厳しい顔つきの大柄な男が振り向き、近寄ってくる。
そしてバーツと同じように台に肘を付いて睨み返してきた。剃り上げたこめかみに、星神ブリスの紋章が刺青されている。
砂漠の民にとって星は標であり、星神ブリスはもっとも強い信仰の対象となる。
これは他の都市にはない独特の信仰の形でもある。
「乗せてくれる砂船を探してる。どこに行けばいい?」
「……」
男はそのままの姿勢でいて、全神経を眼力に注いでいるかのように睨んでいるだけだ。
「あー……、うん」
バーツは頭を掻き、少し考えて言い方を変える。
「わかった、まずは飲み物をくれ。二人分、片方は子供だ」
イシュマイルは景色を見ていたが、時間の掛かっているバーツの様子に気付いて近寄ってきた。
店先の小窓から、大男が強面でもって接待している。
「バーツ、どうしたの?」
イシュマイルも事態を把握してはいるが、知らないフリで子供の口調で尋ねる。
男はまだバーツを睨んでいたが、片手だけでもって後ろで調理していた店員に伝える。店員は鍋から離れて、普段通りの品物を用意した。
「二」
男は値段を告げた。
その横で、店員が飲み物をカウンターに置いてまた戻っていく。
「二? ……一じゃねぇの? 他の客が一だけ払ってるの、俺は見てたぜ」
「二だ」
男はまだバーツの顔を睨んでいて、譲らない。
(埒が明かねぇな……)
バーツも降参したように首を振る。
「バーツ、僕お腹も空いたな」
イシュマイルも空気を読んでか、追加のオーダーをする。
「そうか。じゃあ子供にも食えそうなものを一つ頼むよ。それを併せて、二だ」
「……」
男は反応しなかった。
だが後ろにいた店員は、棚にあった袋をさっと取ってカウンター台に置く。
バーツはそれを取り、後ろ手にイシュマイルに渡す。
「二だよな?」
バーツは硬貨を二枚男に見せ、一枚を爪先でピンと弾いて飛ばした。
カウンター台の上にコインが落ち、その場でくるくると回っている。
「……あんたさ、用心棒か何かか? もうちょっと笑ってもいいんじゃね?」
コインが回る音が気に障ったのか、男がピクリと眉を動かしてコインを見る。
コインは回転をやめてその場に倒れた。
「……舐めてんのか。自分が余所者だってぇ自覚はあるか」
外見に似合った太い声である。
ようやく相手が乗ってきたので、バーツも笑って言う。
「そうだな。ここらにいる連中全員相手に立ち回れるかって言いたいんだろ? でもなぁ――」
バーツは身を乗り出して、男に額を付き合わせんばかりの距離で睨み返す。
「どっちにしろ最初に痛い目みるのはあんただ。俺の事は気にすんな。曲がった鼻や歪んだ顎でこの先生きていきたいか」
脅しの台詞としては陳腐であったが、バーツは僅かに『力』を表に出した。
喧嘩慣れしている男には、その気配が伝わった。
「……失せろ」
男はともかくもそれだけ口にしたが、バーツはまた食い下がる。
「まだだ。砂船の話、教えてくれ。どこに行けば雇える?」
そして残る一枚のコインも爪で弾いて飛ばし、コインは男の額で跳ね返った。
(……まったくもう)
イシュマイルは呆れている。
横から顔を出して応えたのは、先ほどの店員である。
「砂船なら、街の北側の出口だ。そこに船頭がたむろしてるから、適当に声をかけて回ってくれ」
忙しそうに調理する片手間にバーツに言った。
イシュマイルが代わりに礼を言う。
「北側、だね。ありがと」
イシュマイルはその場で飲み物を飲み干して、器を返した。
バーツにも早く飲むよう急かし、バーツはようやく台から離れる。




