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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十七ノ四、愛しき類人龍

 人が他者を想う感情、なかでも愛だとか恋だとか呼ばれるものには、その形や強さは様々ある。

 だがおそらく龍人族の恋愛観ほど、タイレス族の理解を超えるものはないだろう。


 龍人族は、その祖を四肢の龍族に持つという。


 両者は一見似ても似つかないがその本質は同じ、長い寿命と互いを結ぶ渦、冷たい鱗の肌に卵胎生。彼らの間には、確率は低いが子も成せる。

 龍人と龍族の間には、恋人や夫婦の関係が成立する。


 古い時代にはその実例を語る物語が幾つもあった。

 たが若い世代の龍人にとって、龍族の存在は強大で恐ろしいものであり、対等の関係に至る者はそうそう居ない。

 多くは一族の逸話アネクドートとして、憧れを持って聞くのみに留まる。


 カーマイン・アルヘイトは、アウローラ帝の三人の息子のうち唯一の生粋の龍人族である。その正体は本物の龍であると、レニはイシュマイルに言った。


 カーマインは僅かな余暇に、恋人であり許婚ともなった娘に会いに行く。

 其処は『龍族の谷』と呼ばれる北部の山地にあり、濃い魔素に満ちていて龍族だけが生きられる場所である。

 彼女は、『プロテグラ家の娘』とのみ呼ばれる。


「そなたに……龍人としての名を、授けねばな……」

 そういって娘を見上げるカーマインの声音は穏やかで、優しい微笑みは彼女以外には誰にも見せないものだ。

 プロテグラの娘は何か応えたが、その言葉は人族には聞き取れない。

 

 カーマインは彼女の返答に困ったように笑い、手を伸ばしてその指に触れる。

 岩のような、鉄のような硬い鱗に覆われた塊がわずかに動く。

 その指は巨大で、鳥の足のような鉤爪を持つ。


 娘の姿は見上げるほどではあるが、今のカーマインは高い塔の中階に上って彼女と話していて、娘の瞳は全身を映す鏡のようにカーマインの姿を映している。


――ハイエイシェント・ドラゴニュート。

 ドラゴニュートとは、龍人のことである。


 人族のように二足に直立するが、頭部は龍族に似て、全身を龍の鱗に覆われた巨大な龍人である。

 類人龍――俗に言う『龍頭亜人』である。


 類人龍は、人族と龍族の中間のような容姿をした巨人である。

 大陸各地に残る『巨人建築』は、彼らの文明の名残でもある。


 プロテグラの娘は類人龍であり、カーマイン・アルヘイトは生粋の龍人である。

 二人はともに生まれた時の『人に似た姿』を保っているが、ひとたび閂が外れれば、元の龍族としての姿を取り戻すという。


 カーマインは、今はその時ではないため理性でもって自重している。

「母上は……我等の婚姻を急がせている……」

 そのことは深い喜びであると同時に、カーマインにとっての重荷である。


 カーマインの母・グロリア――グロリア・ラト・エ・レイド・アステアは、息子カーマインを早く大人にしようと画策している。

 龍人族の社会では、子供の成長には大きな個体差がある。


 肉体の成長自体はかなり早い。

 五歳ほど、タイレス暦でいうなら十年と経たずに成人並みの体躯となるが、精神や霊性の成長度はタイレス族の二倍から時に数倍、長い時間を必要としその分寿命も長いのである。


 また大人として認められるには、龍族に認められ龍相の告知を受けなければならない。

 カーマインの場合はさらに龍相の相性の良い相手と結婚し、生まれた子供がある程度まで成長しなければ、次期皇帝としては認められない。


 グロリアは反タナトス派の先鋒として、なんとしてでも息子カーマインに皇位を継がせたかった。未だ幼生体のタナトスに比べ、カーマインはほぼ成体である。


 そして今、そのタナトスは行方不明だった。

 その事実は帝国内では堅く秘密にされているが、水面下で画策される様々な事柄は誰の手にも止めようが無くなってきていた。


『……』

 プロテグラの娘が、カーマインに何か囁いている。

 カーマインは頷き、頭を彼女の指に凭れさせた。

「あぁ……そうだな。あぁ……」

 そのまま、何度も頷いた。

 二人の間には、頑固だったグロリアを根負けさせたほどの、深い愛情が成立している。



――水の宮アリステラ。

 サドル・ムレス都市連合一の湾岸都市であるアリステラ市はこの時期、各地の港からやってくる輸送船団の往来で賑わう。

 多くの大型船が湾外で停泊して順番を待ち、次々と入港しては人や荷物を降ろし、また慌しく積み込んで次の港へと出航していく。


 港内には荷役のための人夫が増員されて喧騒が増し、市内の宿泊施設その他諸々の店にはいつもより多い観光客などが行き来して、街は繁盛する

 収穫祭と並んで、アリステラが賑わう時期である。


 そんな港の慌しさをよそに、謹慎中のロナウズ・バスク=カッドは自室で静かに暮らしていた。

 いつもならアリステラ聖殿の騎士団長として聖殿の行事や警備、騒動の出動などに借り出されて忙しいのだが、今年に限ってはそうではない。


 久しぶりにエルシオンに関する古い書物や、オヴェス・ノア族の伝承を纏めた文献などに目を通していた。


「……ん?」

 ロナウズは誰かに呼ばれて、ふと頭を上げる。

 本を傷めないようそっと机に置き直し、立ち上がって室内を見回した。

 室内には他に誰もおらず、廊下や周囲にも人の気配はない。

「……レニか」

 少しだけ、不愉快さが表情に表れる。


「お前が私を呼ぶとは、珍しい」

 屋敷から少し離れた場所に、邸宅街にしてはがらんと拓いた一画がある。

 ここは四辻と呼ばれて、古くから忌み地として建物を建てることを避けられている。


 数本の樹木が植わっているだけで見通しは良いのだが、何故か人々は此処での景色や出来事をあまり記憶に残さない。

 そういう場所だからだ。


「何か来るぜ、警告された」

 不意に、レニがその姿を現した。


 レニはイシュマイルたちとは別行動を取り、この四辻に残っている。

 バスク=カッド家の屋敷にもあまり立ち寄らず、ロナウズもレニと会うのは数日ぶりのこと。


「何か、とは?」

 ロナウズはレニに対してあまり良い感情はないのだが、レニの発した警告には素直に耳を傾けた。

「龍族たちが君に知らせたか。彼らはなんと?」

「……わからねぇ」

 レニも、相手がロナウズであることと、明確な情報が無いこともあってぶっきら棒でいる。


「ここが開くと言われた。意味はわからねぇが、それとは別に何かが来るとも警告された」

「……」

 ロナウズは訝しむ。

「それは、二箇所で何かあるということか? そのうちの一つが此処だと?」

「いや……たぶんもっと多くの場所で。ともかくオレはここを見張れといわれてる。だから残りはあんたに任せる」

「私に……? 龍族がか」

「あんたは騎士団長ってやつなんだろ」


 ロナウズは、レニのこの曖昧な警告を信じる。

 そして脳裏に浮かんだのは、港での喧騒である。

「まさか、な……」

 ドロワ市の時のような騒動か、いやそれとは違う何か――。


 ロナウズはひとまずレニに対して頷いたが、今のロナウズには軍団は動かせない。こんな時、ロナウズは成り行きを見守るという選択肢を選ばない。

 ことがあれば、謹慎を破って懲罰を受けることになるだろう、と覚悟を決めていた。


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