二十七ノ二、熱弁
アーカンス・ルトワは、第四騎士団の詰め所に居た。
ファーナム聖殿の傍らに建てられているが、年代はそう古くない。廊下を挟んで複数の小部屋を擁する官舎があり、各小隊ごとに執務室として宛がわれていた。
騎士たちは一日の仕事のうち数度、この部屋で学びや祈りの時間を過ごす。
アーカンスはここで新たな部下たちと話している。
聖殿周囲の警邏に出る前のミーティング、だが部下の騎士たちはバーツやイシュマイルのことをアーカンスに訊ねた。
「バーツについては、ガーディアンの特異な能力を有しているという以外には、普通の騎士と変わらない」
アーカンスはまず、噂に語られる超人的な部分を否定した。
そしてバーツ自身の性格についてこう言う。
「バーツは何か事があった時、成り行きを見守って待つタイプだ。結果を焦ったり、そのために暴走したりはしない」
室内にはテーブルも椅子も揃っているのだが、部下たちはアーカンスの周りで輪になりその言葉を聞く。任務の内容にも気掛かりは多いが、新任の上官の正体にも興味がある。
アーカンスは次いで、イシュマイルについて話す。
「イシュマイル・ローティアスにしても、そう。街にいる他の少年らとなんら変わらない。違うところといえば、周囲の人間が彼をさまざまに飾り立て、上へと押し上げようとしているところだ」
いわゆる力による粉飾というやつだ。
第四騎士団の目的の一つに、ガーディアン・バーツとイシュマイル・ローティアスの抹殺がある。
部下たちはこれを承知しているが、アーカンスとしてはまず手近な彼らから説得したい構えでいて、バーツたちが驚異ではないと繰り返し説明していた。
「――だから、私はレアム・レアドに対しても、同じ考え方でいこうと思っている。一人の人間の、能力の限界というものを、レアムから見つけ出すのが目的だ」
第四騎士団の目的の一つ、そしてアーカンスが第三騎士団から受けていた任務は、このレアム・レアドをドヴァン砦から排除することである。
部下の一人が訊ねる。
「あのレアム・レアドに限界というものがあるのでしょうか?」
騎士たちはレアムに対しては強烈なイメージを抱いている。アーカンスもそれは同じだが、出来るだけ噛み砕いて話そうと努める。
「確かにレアム・レアドは最強のガーディアンで、その実績もある。しかし私たちが見知っているのは、膨張した偶像の方だとも思う」
これも力による粉飾の理論だ。
「現に、隠れていた十五年もの間、その生死すらわからず、彼の存在は世間になんら表立った影響を与えなかった……。その存在が浮上してきたのは、ドヴァン砦に現れてから――つまり、その能力を利用しようとする者達が現れてからだ」
そう話すアーカンスは第四騎士団の白い制服に身を包み、白銀の隊証を付けている。配属された日から前髪を上げるようになっていたが青い瞳が光に透けて冷たい色を返している。
第三騎士団に居た頃のくだけた温厚さは消え、随分と雰囲気が違って見えた。
部下の騎士たちはアーカンスの語り口に未だ慣れず、戸惑いをもって聞いている。アーカンスの言葉は切れ間がなく、澱みも無い。
「人の活動とは、人との繋がりの集合体でもある。それはひとたび動き始めればもう個人の力では容易に止められなくなる。何故かというと巨大な、人の社会そのものと対決しようとする行為だからだ」
そして節々で語気を強めて流れを切る。
「――無謀だよ、一見するとね」
「でも、その塊の大元になるのが一人一人の『人』であるならば、こちらもその視点を塊ではなく『一人の人』に向けてみるんだ。悪くはない手だろうと、私は思う」
謎掛けのような言葉は、かつてドロワでヘイスティングやネヒストを説得した時の言葉そのままだ。比喩的で、綺麗な理想と評されたこの言葉を、アーカンスは配下の騎士たちにも使っている。
部下の騎士たちはは少し前まで街の神学校で学んでいた若者ばかりで、教典を読み解き説教を記憶するのは得意であったが、部隊としてはまるで体を成していなかった。
実戦経験の有無以前に武技の訓練も不足していれば、組織としての命令系統も緩んだまま、大勢が在籍する割には戦力としては役に立たないとアーカンスは感じている。
「第四騎士団の目的は、レアム・レアドとイシュマイル・ローティアスの分断と排除だと、団長方からお聞きした。そして私が第三騎士団から受けていた任務は、ドヴァン砦奪取のためにレアム・レアドにのみ攻撃の焦点を絞ること……この二つは、私にとって同義だ」
「つまり最も力の集中している場所……人心を一箇所に集めている特異な二つの点――レアム・レアド、そしてイシュマイル・ローティアスという偶像を破壊することが、一つの共通点だと思う」
「力?」
「人心……?」
部下たちは単語を繰り返すだけだ。
「人の成せる事柄の中で、最も大きな力を生むのは、集まって心を一つにすること。これを破壊するんだ」
サドル・ムレス都市連合の者、特にファーナムに暮らす者たちにはライオネル・アルヘイトという存在は印象の薄いものだった。
タイレス族にとって大切なのは聖レミオール市国の奪還のみであり、龍人族がそれを超えて攻めて来るなど信じ難い。
第四騎士団にとっても身近に感じる脅威とは、ガーディアンやエルシオンそのもので、バーツ、レアム・レアド、イシュマイルという異質なガーディアンらは、その恐怖の波を呼び寄せるものだった。
「――だから今、第四騎士団の騎士として活動するに当たって、私個人の任務は振り出しに戻るのではなく、現状を維持、そして前に推し進めることが出来ると考える」
アーカンスの言葉には、多少の嘘と粉飾がある。
部下となった騎士たちの信任を得るためだ。
この時点で、第三騎士団を離れたアーカンスの真意がどこにあるのか、周囲の人々にはわからない。
「私のもとで動くということは、ガーディアンという存在の矛盾を見ること……ひいてはエルシオンやファーナム聖殿自体にも、疑問を抱かねばならない事があるだろう」
アーカンスは、ここだけは注意深く部下を諭した。
「本来聖殿を守るべき第四騎士団である諸君らには、理解の範疇を超えることがあるかも知れない。多少の無理を強いることもあるだろう。けれど、忘れないで欲しい……目的は同じであると」
「戦をするのも人なれば、止められるのも人……ガーディアンでもエルシオンでもない」
アーカンスは、目的達成のためならば仮面を被ることができる。それが他者の非難を受ける仮面であってもだ。
これは上官であったバーツから学んだ技術だ。