二十七ノ一、皮肉な出会い
第四部 諸国巡り・弐
二十七、乾いた風に
サドル・ムレス都市連合の雄、ファーナム市。
自ら大都を名乗るこの都市は山に張り付くように広がり、その背に霊峰・風炎山を頂く。
連なる山々が西側の山脈へと続き、白い山肌が空に霞む。
オヴェス・ノア族はかつてその山々に祈りを捧げる山岳民族であったが、今はサドル・ムレスと隣国ウエス・トール王国の国境線沿いに村を移し、その伝承の多くを失った。
各地に散逸したノア族の言い伝えの幾つかは、ファーナム市の内外にそれと知られることなく存在している。
ファーナム聖殿第四騎士団。
この第四騎士団において、アーカンスと同年代ながら幹部であるエリファス・ラグレーは、ファーナム聖殿礼拝堂での日々の勤めについていた。
ファーナムには礼拝堂が幾つもある。その理由の一つは、高低差のある地形のせいで人々を一箇所に集めることが出来ないというものだ。
小ぶりで質素な礼拝堂が長い坂の果てにぽつんと建っていたのでは、人々の足も遠退くというもの。
だがエリファスは、こういった静かな場所で一人でいることを好んだ。
「あの……祭祀官様?」
若い女の声がして、エリファスは背を向けたまま憎憎しげに顔を歪めた。
一人で居られる穏やかな気分を台無しにされたからで、それが女だというのもエリファスの癇に障った。
エリファスは、女や子供というものが嫌いである。
彼にとっては、騒々しいだけの存在だからだ。
礼拝堂の扉は、日中いつも開け放たれている。
差し込む明るい日差しの中に、若い娘が一人で居た。
エリファスは我侭な男ではあるが、信者の前で取り繕うことは出来る。無言のまま振り返り、その娘を見た。
「……」
端正な顔立ちのこの騎士に、人々は一方的なイメージを作り上げて接してくる。子供は憧れて懐いてくるし女は勝手に惚れて近寄ってくる。
皆エリファスの裏の顔は知らずにいる。
エリファスは騎士団長アレイスの護衛という肩書きがあるが、アレイスの傍らにいるのは護衛のためだけでもない。
二人が連れ立って歩こうものなら人々はすぐさま集まって来て、エリファスとしてもアレイスと第四騎士団のメンツを潰さない程度には繕わなければならない。
本当に面倒だ。
もっとも、その面倒をこしらえたのはアレイスの相談役のサイラスである。
サイラスはこういった何気ないことが人々に与える印象だとか、その為の演出というものに凝る性分だった。
エリファスは鬱陶しさを感じながらも、大人しく従っている。
「……」
エルファスは、しばし無言でその娘の顔を見ていた。
「あ、聖殿騎士様でしたか。失礼を致しました」
外から入ってきた娘の目には室内は暗かった。
娘の声に、エリファスはようやく我に返ったようで型通りの敬礼を返す。
娘は手にしていた包みを示しながら、エリファスに近付く。
「聖殿騎士様でしたら、お聞き下さいますでしょうか。わたくしの身内も騎士なのです。義父から預かった物を渡すよう言付かりまして……。いかようにすれば会えるかと考えていたところだったのです」
娘の声は物静かながら明瞭で、それでいて恥じらいが垣間見えた。
「大したものではありません。服や、日々の物です。なにぶん……身一つで宿舎に入ったものですから」
エリファスが何かに気付く。
思い当たる節があって娘に問うた。
「その者、名は?」
「はい。ルトワ……アーカンス・ルトワと申します」
(ルトワ……)
その名はエリファスの興味を惹いた。
「貴女の名は?」
「はい。カリン・スーバス・ロブロと言います」
「ロブロ……」
(――ロブロ評議員の娘、か)
クライサー・ロブロ、そしてクライサー・ルトワ。
どちらも第四騎士団にとって注視すべき人物たちである。
「俺が、必ず手渡しましょう」
「えっ」
エリファスがそれまでの堅い態度を変えた。
「今は呼び出せませんから、俺が預かりますよ」
エリファスはそう言って、片手を差し出した。
「あの、宜しいのです?」
「えぇ。これから宿舎に戻るところですから、アーカンスに渡しますよ。ちゃんと」
「?」
騎士団の内情に詳しくないカリンには逆らう理由もなく包みを手渡す。
「あ……それでは宜しくお願いします」
「えぇ。カリン殿」
カリンは包みを渡したものの、物言いたげにエリファスを見る。
何か引っ掛かるものを感じたからだ。
包みの中身自体は、どうというものでない。
ただロブロの思惑は、義理の娘であるカリンとその婚約者アーカンスの仲を取り持とうとしただけだ。カリンもそれは承知していたが、会話らしい会話などしたことのない相手である。
カリンらしくなく緊張と戸惑いを感じていた。
一方のエリファスは、カリンのそんな様子から何事か気付いている。女嫌いなだけに女のそういった感情には敏感である。
エリファスはカリンの数少ない機会を軽々と奪い、カリンは力が抜けたように呆然としていた。
エリファスはカリンを見送ることなく、踵を返して先に礼拝堂を後にした。