三ノ五、守る者
ライオネルの小隊が二列から三列に変わり、順繰りに『弾』を充填しながら撃ち続けた。火球と雷球が遊撃隊を掠め、彼らはそれぞれにそれを避けるしかなく、隊列は崩れた。
下がろうとしたイシュマイルの間近に雷が着弾した。
吹き戻されるようにしてバーツの方に、イシュマイルは転がる。
一方、バーツの横を抜けた雷の弾が井欄の柱を直撃した。
続けて複数の弾が井欄に命中し、井欄はゆっくりと倒れだす。近くの樹木を巻き込んで、それらはファーナムの陣へと倒れこんだ。
「危ねぇっ」
今度はバーツがイシュマイルを抱えて飛ぶ番だった。
二人は橋の欄干近くに逃げ込み、井欄の上部がその近くにと倒れこむ。
そこに、井欄を狙った炎の弾が着弾した。バーツとイシュマイルは別々の方向に吹き飛ばされる。
「隊長ーっ!」
アーカンスの位置から、バーツたちの姿が確認できなくなる。
橋のどこかにいるのは確かだが、そこは敵の攻撃範囲内だ。救出に向かおうと前に出たアーカンスらを、ライオネル隊の火炎と、城壁から矢が阻んだ。
バーツは井欄の残骸に行く手を阻まれ、前にも後ろにも進めなくなっていた。
「イシュマイルーッ!」
バーツが煙にむせながら叫んだ時、その傍らに突進してくるものがあった。
一頭の竜馬だった。
竜馬は速度を落とすと、その大きな顎を開き、咆哮を放った。
――すさまじい音量の声と、そしてパワー。
竜の咆哮、ドラゴン・ブレスは井欄の残骸を吹き飛ばし、ライオネル隊の放った炎を巻き返した。
それは竜筒の攻撃力そのものであり、竜筒とは騎乗する兵がこのパワーをコントロールする為のギミックである。制御を受けていない素のドラゴン・ブレスは、人の技と術を軽々と凌駕した。
「隊長!」
アーカンスの声が近くにあった。
再度救出を試みて飛び込んだアーカンスは、そこにバーツを見つけ、その体を抱えるように橋から離脱した。
竜馬はすでに煙の中に消えいり、姿は見えない。
矢の雨をくぐり抜けて、アーカンスとバーツは井欄の瓦礫の影へと転がり込む。
そして同時に叫ぶ。
「イシュマイルは!」
「イシュマイル君はっ?」
「……いないのか?」
それは、イシュマイルがまだ橋の上に取り残されているかも知れない、ということだ。
果たして、イシュマイルは橋の上にいた。
一頭の竜馬がその傍らに立ち、イシュマイルを覗き込んだ。イシュマイルは倒れたまま気絶しているらしく、竜馬は知性のある瞳でそれをじって見ている。
やがて竜馬はイシュマイルに覆いかぶさるように体を丸くした。
そして、顔を下げて頭の甲羅を砦側に向ける。苔の生えた岩にようにも見えるそれは、イシュマイルを降りそぞく矢から守っているようだった。
「くそぅ……。最悪の方向に予想が当たりやがって」
バーツは打ち付けた肩に手をやりながら口惜しがる。
二人は橋から少し下がり、バーツは倒れた井欄の瓦礫に凭れていた。かなり体力を消耗していた。
「……隊長」
どうします?とアーカンスは目で問うた。
「戻る。もっかい飛び込んで、イシュマイルを抱えてくる。」
バーツは迷わず言う。
アーカンスが「その役目は他の者に」と言いかけた時、すぐ北側に巨大な雷が落ちた。
その桁違いの振動に皆は顔を歪め、一様にあることを思い出した。
「まさか」
――こちらに来たのか?
そう口に出すまでもなく、立て続けて雷が北側の森に落ちた。
それはおそらくジグラッド達ファーナム騎士団の司令部が居る辺りで、そして徐々に南側に近付いてくる。
「あの野郎……」
振動で身を硬くしてバーツが悪態をつく。
遊撃隊の頭上に雷雲が垂れ込めてきていた。
(次はここか?)
アーカンスは衝撃に耐えようと構えたが、次の一撃は南側の中隊に落ちた。
中隊の投石器が破壊された。
ドロワの時と同じく、まず重機が狙われ次々と破壊されていく。たちまち兵隊たちは心理的にパニックを起こし、陣は崩れだした。
南門の前にいたライオネルが、見えるはずのない城壁を振り仰ぐ。
おそらく今、真上の城壁にレアム・レアドがいる。
「……効果テキメンだな」
ライオネルは他人事のようにつぶやいた。
ほんの今まで劣勢に傾きつつあった戦況が、一気に反転したのだ。
援軍を得て、ライオネルは軽口を叩く。
「派手なのは大いに結構。だが我々の存在が霞むな」
門前に伝令が来てライオネルに告げる。
「北側、沈黙させました。レアム殿はすでにこちらに」
「そのようだな。……よほど暴れたいらしい」
そして自分の小隊に言う。
「後方の騎士団諸君にも浴びせかけてやれ。駄目押ししてやろう」
そして声高く命じる。
「放て!」