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アモルファス  作者: 霧音
第四部 諸国巡り・弐
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二十六ノ七、出会い

「……で、このあとは?」

 手摺レイルを掴んだままバーツは頭を上げる。

 

 どこからか大音量で呼ばわる声が聞こえる。

「――こちらはノルド・ブロス帝国、アレイスター商会の定期船ライナーアハルテケである。其方の侵犯行為に対し警告なく拿捕致した。ただし釈明には応じる用意はある」

 ノルド・ブロスの武装商船の方が一階層分ほど高く、声の主は定かではないが、弓兵が頭上を狙っているのは見えた。


 アリステラ船の方は、返答の代わりに旗を揚げて従う意思を示した。

「乗り込んできます」

 航海士が、バーツに小声で言う。


 引きずるような轟音の後、帝国船からタラップが降りてくる。

 アリステラ船側の上部デッキに固定されると、軍装の男らが姿を現した。アリステラ側もバルバス船長以下数名がブリッジから出てくる。

 バーツも安全帯を離し、デッキへと飛び降りた。


「……船長」

 バーツは警戒して声をかけたが、バルバスは手で制して首を横に振る。

「大丈夫、アレイスター商会は友好的な相手です。まずは私が釈明に」

 バーツは頷き、後ろに下がる。

 ノルド・ブロス側の責任者が降りてくると双方はまずデッキ上で話し合いを始めた。


 イシュマイルは、それをブリッジから見ていた。

 バーツは話し合いの一団から離れている。イシュマイルはそっとブリッジから出てバーツに近付こうと、重い扉を押し開いてデッキに出る。


――その時だ。

 不意に、頭上のノルド・ブロス船から何者かの気配がした。

 イシュマイル、そしてバーツが斜め上へと振り仰ぎ、視線の先でタラップに姿を現したのは、アレイスター商会の者ではなかった。


 異様に背が高く、白く抜けた長い赤髪。一見すると痩せた老人のよう――そう、アリステラ行き定期航路の武装商船に便乗していたのは、ローゼライト・アルヘイトである。


 ローゼライトは高い位置からアリステラの船を一眺めすると、見かけによらず身軽な動作でタラップを降りてきた。

 そして自分を見ているバーツと、その背後の少年の姿に目を留める。

「……」

 相変わらず遮光眼鏡を掛けていたが、その弦に手をやるように、二人に会釈を返してきた。



「――ガーディアン・バーツ」

 バルバス船長が戻ってきて声を掛け、バーツも我に返る。

「どうだった」

「このまま安全水域まで曳航となりますが、お咎めなし、で」

 バルバスの声にも表情にも安堵している様子が伺える。

「ほう……」


「意外だな、えらく仰々しかった割りに」

「えぇ、今回は運がよかった。あの方の――」

 そういってバルバス船長は、ローゼライトを視線で示す。

「あの方の口利きだそうで……」

 バルバスは、背中越しの帝国人たちを伺い小声でバーツに話している。

「あれか……誰だ?」

「わかりません。私も初めてお会いします」

「……」

 視線の先にいる長身の老人は、服装も佇まいも特徴的で、いかにも怪しげな雰囲気が漂う。


(ガーディアンじゃない……でも、そのくらい強い、何か)

 イシュマイルはその老人から伝わる魔力の奔流を前に、ただ観ているだけだ。



 アリステラの船は、その後暫く曳航されるがままに進んでいる。

 階下の船室では先ほどの揺れで怪我人や破損が発生しており、アリステラ商船の船員らは預かっていた乗客を看て回っていた。


 というのも、乗客は全て客室に閉じ込められており、デッキに出る船員の数も規制されていたからで、代わりに乗り込んできたノルド・ブロス側の船員と武装兵が辺りの様子を見張っていた。


 そんな物々しい状態の甲板に、ローゼライトは居た。


 老人ローゼライトは木箱を椅子代わりに腰掛けて、ただ揺れる水面を見ている。

 バーツは無言のまま歩み出て、その近くに立つ。


「来たね、ガーディアン。ことの説明がほしいかね?」

「俺はバーツだ」

「知らんな。龍人族はあまりガーディアンに興味がなくてね。……この船はあんたの物かね?」

 ローゼライトは彼方の水面を向いたままいつもの口調でいる。

「客だよ。あんたこそ、あのいかめしい商船の船長かよ」

「そうではないが、船長に命令する権限はある」


「なに、こんな湖の真ん中で君たちを拿捕しようとは思わないよ」

 ローゼライトはようやくバーツに振り向き、かけていた遮光眼鏡を外した。

 その瞳は、レアム・レアドやレニと同じ紫色である。


「……じゃ、説明ってのは?」

「簡単な話だよ」

 バーツはいつもよりは大人しい口調でいて、ローゼライトも穏やかに話している。

「君たちの船は、ウエス・トールどころかかなり帝国領に近い所まで来ているのだよ。出会ったのが我々でなければ沈められていた」

 二人が話している様子を、イシュマイルがブリッジから見ている。


「……アール湖はね、その中心にいくほど強い魔力に引き寄せられる魔の水域があるのだよ。自覚はないだろうが、魔力の渦に引き込まれたのだ」

「魔の……? なんのだ」

 ローゼライトはその問いには答えない。

「君たちはウエス・トール王国に物資を運ぶ、我々はアリステラ市に鉱石を運ぶ。それだけだ」


「君たちの今の状態ではここから抜けられない。だから助けてやろうというのだ」

 ローゼライトが立ち上がると、バーツをゆうに見下ろす長身である。

(でけぇな……)

 老齢のためか痩せて見えるが、その魔力と腕力の程は計り知れない。

(これだから龍人族ってのは)

 バーツは少し面白くない気分でいる。


 ローゼライトは、自身を「竜族の調教師だ」と自己紹介した。

「私は友好的な帝国民の一人だよ」

 そしてゆったりとした動きでタイレス族風の礼の形を取った。

 その姿はいかにも無害な老人のように見える。


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