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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十六ノ五、紋章

「……なるほどな。家柄も才能というが、あんたにはそれがあるわけだ」

 話していた団員が離れてカルードが一人になった隙間に、ふとフェルディナントの口からそんな言葉が出た。

 嫌味か皮肉の一つでも言おうとしたのかも知れないし、ただの感想だったかも知れない。だが返すカルードの言葉に、フェルディナントは虚を突かれる。


「フェルディナント、お前は頭が良いし俺に遠慮なく意見を言ってくれる。有難いと思っている」

「……!」


 思い返せば、改まって謝意を告げたのは初めてかもしれない。

 レイムントらと違って、フェルディナントに対する時には身構える癖が付いていた。今は、少しは落ち着いて話が出来る気がした。


 対するフェルディナントは応える言葉に窮してか、自分の顔を撫でる仕草で口元を覆って言う。

「……ならば当のガレアン家の荘園にも改善を求めたいが、それはどうかな」

「父上の?」

 珍しいものを見たかのように、カルードが見上げて問う。


 フェルディナントの方も、動揺を隠そうとする余りに咄嗟に口をついて出てしまった。

 以前から思ってはいたが、誰にも言ってはいなかったことを。


「果樹園か穀物畑あたりで何かあったか」

 カルードはいつになく会話を進めてくる。

 調子が狂うとはこのことだ、と内心焦るフェルディナントである。


「……なに、厄介ごとじゃねぇよ。おたくの園じゃ出荷の出来ない屑実は大方棄てて、マシなとこでも家畜に与えるかしているって話だが」


「近頃じゃその辺りの改良も進んでてな。無駄にすることもないってわけで、そういう話を上に通したいが中々聞いて貰えない」

 フェルディナントにしては歯切れの悪い物言いだが、大方の意味はわかる。

「それは」


「聞いておかねばな」

「だろ。だからあんたには、下の声を掬い上げて貰えるよう口をきいてもらいたいってわけだ」

「……なるほど」

 栽培のことはわからないが、そちらならばとカルードも頷く。

「何とかしてみよう。父上より兄上の方が好みそうな話だ。――それにしても」


「お前の身内か? 父上の所で働いていたとは、奇遇だな」

「……」

 懐かしそうな声音で問うカルードに、フェルディナントは暫しの躊躇いのあと、言い放った。

「いや、俺さ」


「自警団に来る前は、ガキの頃から今まで、ガレアン家の果樹園で毎日汗だくで働いてたぜ」

 今度はカルードの方が虚を突かれた

「下町の露店で料理鍋をかき回してた頃よりは見入り良かったが……それでも満足いくもんじゃなかった。特に、若造だからという理由で何一つ認めて貰えないってのは……キツかったな」

 フェルディナントは彼らしからぬ声でようやっとそれだけ繋く。


「だから一発逆転を狙って自警団に入ったわけさ」

 フェルディナントは普段から自分のことはあまり多く語らない。

 地竜の適性試験の時もガレアン家の名を出さなかった。団長候補がガレアン家の者ということもあって、尚更口にしなかった。

 ただ、ただ悔しさからだ。


 フェルディナントのそんな嘘も意地も、顧問官や指導役の人々は知っていたのかも知れない。結果的にフェルディナントは副団長に指名され、ガレアン家の者に一番近い役割を与えられた。

 だがそのことは団員たちは知らず、カルードも全く予想の外だった。


 荘園で働く人々にガレアン家がどのような待遇だったのか、まして子供の労働者となると良いものだったとは思えない。

 カルードには言うべき言葉が見つけられなかった。


「残念ながら、初代団長の座はあんたに獲られたがな」

「……そうか」

「わかったろ、俺があんたに懐かねぇ理由がよ」

「そうだな」

 呆然と相槌だけ返すカルードに、フェルディナントは鼻で笑って言う。

「まぁいいさ。あんたが自警団と街を良くしてくれるって言うなら、ひとまず俺はそれでいい」


「あんたはたぶん……なるべくして団長になったんだろうからな」

「……」

 フェルディナントとしてはそれも本心である。

 寄せ集めだった自警団が何とかここまで形になったのは、ガレアン家の貴族息子の看板があったからだとも、今なら思う。


 その貴族息子の口から、この街の少し先の様子が覗えて、叶うのなら悪くない望みだとも思った。それは上から一方的に与えられるものではないはずだ。


「あんたのことも、何度か見てる」

 労働者と雇い主の息子、フェルディナントの一方的な記憶でありカルードは相手が何を感じたのかすらわからない。


 子供の頃を振り返りながら語るフェルディナントの瞳に、ガレアン家の紋章が映っている。果樹園の門や、木箱に捺されたガレアン家の紋章と同じもの。

 本当に嫌になる位に見てきたものだ。


「……あん時のまま、いけすかねぇ貴族のクソガキのままを期待してたのにな。あんたときたら……」

 視線を向こうに、苦笑いでそう追想するフェルディナントを、カルードは見上げている。初めて見る笑い方といつになく悪態をつく様に、我知らずその笑いが移った。

「そんなにか」

「あぁ、兄上共ほどじゃあないが」

「確かにな」


「下町で何かやってるみたいだが、あんな調子じゃあ、あんたの兄上は失敗するんじゃないか?」

「たぶんな。だがその方がいい。ガレアン家への風当たりは強い今、他の貴族たちの溜飲も下がるだろうさ」

 カルードが笑う。

 作り笑いや見様見真似でなく。 


 自然とこみ上げてくる笑いなど、久しく感じてなかった。

 兄が何かして父が慌てる様など、子供の時以来見ていない。

 それを思い出して、子供の時のように笑った。


 聖殿騎士だった頃に大事に抱えていた誇りだとか諸々のことを、眩しく思い返さないわけではない。ただ道は確かに続いていたと感じ始める。

 聖殿騎士の結束の固さ、組織として完成された生き方とはまるで別の世界、その生活の中に自分の居場所というものが形になりつつある。



 フェルディナントは気付いた。

 いつの間にか、自分がカルードの傍らに立って笑っていることに。


 その位置に、覚えがある。

 いつだったか、白狼を倒した時に見た景色――あの時はネヒストがいた。


 フェルディナントはいつもの癖で一歩下がって離れようとし――その気恥ずかしさを振り払ってその場に留まった。

 あの時、誰にも言わなかったがその光景には憧憬を抱いた。

 今は一先ず、この位置に立っても良いのだと、不思議とそう感じた。


 顔を見ると、遠くに目をやるカルードの瞳に苦悩が伺えた。

 視線を辿った先にあるのは、修復された家屋とガレアン家の紋。


 今のカルードが何を思って表情を曇らせているかまでは計りかねたが、これまではそんな微妙な感情の差など気付かなかった。

 この距離から見る景色はまるで違う。

(これが、信頼される者の位置なのか――)

 なぜか、そう思った。


 認められることに必死になってきた生き方が、その記憶が頭を掠める。

 この位置がそうなのかはわからないが、存外に悪い気はしない、とも思える。


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