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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十六ノ四、決意

 ドロワ市、旧市街地。

 破壊された家屋を修繕する槌の音が、方々から響いている。


 道を往く自警団の中に、今日はカルードの姿がある。

 ただ通常の警邏ではなく、今日はフェルディナントら自警団幹部も連れている。


 この所の下町の人々からは、ファーナムやアリステラの騎士団が滞在していた頃を懐かしむ声が聞かれる。

 騒動もあり、互いに友好的に打ち解けたわけではないが、滞在中はそれなりに金子を落としてくれたし賑わってもいた。


 しかし、新たにきたレミオールからの祭祀官や、竜の訓練士などはとにかく堅物で馴染めない、と下町の人々は零している。彼らと馴染むには、まだまだ時間がかかりそうだ、と。

「あれだけ居た巡礼の客たちも……今となっては、なぁ」

 団員の一人が皆に代わって口にする。


 都市連合から離脱した後のドロワ市は孤立し、唯一つながりのある聖レミオール市国との通行も規制されている。

 虜の檻で暮らす閉塞感が下町の空気にも及んでいた。

「なんとかしようと思うのだろうが、余計な施しはかえって悪印象を与えるぜ」


 連れだって歩いている団員の一人が、カルードにそう釘を刺した。

「施しは貴族の義務かもしれんが、受け取る側にも矜持ってもんがあるんだ。ヘタな哀れみは優越感と紙一重だってことだ」


 下町の様子を観察し、必要な援助を洗い出そうとするカルードに、団員らは皮肉半分で注意を促している。

「なるほどな。そもそも施しならば聖殿が行っているはず。そちらを後押しした方が良いのかもしれん」

「お父様にお願いでもするのか?」

「――おい」


 団員ならずとも、自警団にはガレアン家からの資金が裏で流れていると知っている。歓迎する者もいれば疎ましく思う者もいる。

 カルード本人も複雑だった。

「いや、構わん。その通りなのだから」


 資金の他にも自警団の訓練にも聖殿騎士が関わり、その都度貴族や聖殿、領主セリオとの関係など、どこまでいっても過去からは逃れられない自分を見出し、情けなく思う。


「観て回ったところ城壁や水道にかなりの傷みがあるようだ。どうだろう、そちらの修繕と改築を申請してみようと思うが」

「それはいいが……街の連中はこの古い町並みに愛着があるんだ。そこを無視すると要らぬ反感を買うぜ」

「……なるほどな。確かに貴族連中に任せると、辺り一帯を更地にして市民を押し込めるくらいのことはやりかねん」


 下町、特に南側は荒廃していた。

 まして二度にわたる騒動での破壊が加わっていて、そうそう修繕も復興も追いつかない。

 カルードの兄なども多額の資金を注ぎ込んで復旧に当たっているが、市民の反応は薄いものだった。


「ありがとう、参考になった。……またしばしばこういう時間を貰いたいのだが、構わないか」

「構わねぇが……団長さんよ、あんたの望みはなんだ?」

 こういう時、カルードには貴族に対する言葉が向けられる。


「自警団の団長として下町を見回るのは良い。むしろ歓迎するよ。だが、どうにもあんたの目線は高すぎるきらいがある」

 未だ市民と貴族との間には大きな意識のズレがあり、その両方に関わろうとするカルードを、団員たちは気遣い、止めようとする。

「それが駄目だとはいわねぇ。少なくとも見下してはいねぇからな。ただ――」


「あんたがいつも、俺たちの暮らしに溶け込もうとしてくれてるのは知ってる。理解はするけどよ。それはあんたにとって良いことか?」

 団員の言葉は、恐らくカルードを見守る者たちが同様に感じる疑問だろう。


「あんたは所詮貴族の息子であって、下町の荒くれにはなれねぇぜ。自警団の団長としては認めるが、やっぱり上から命令するタイプの人間だよ」

「……かも知れんな」

 カルードも反論はしない。

「俺も、一時はお前たちの中に混ざり、それ以前のものは全て捨て去りたいと思っていた」

 珍しく、団員らの前で本心を吐露する。


「だが今の自警団の存在が、父とガレアン家の援助で成り立っているのは事実。俺自身も。……俺は、どこまでいってもあの家からは逃れられん。貴族のしがらみからもな」

 独り言のように呟くカルードの視線の先には、修復されつつある家屋の壁に掛かっているガレアン家の紋章が映る。


 復興の進む町並みを歩いていると、あちらこちらで嫌でも目に付く貴族の印だ。

「――ならば、それを利用するくらいの強さは持たねばならん。そうお前たちから教わった。だから、俺はお前たちに止められても、今日ここに来た」


「自分の目がどれほど正しくものを見ることができるか。それを確かめてみたかった」

「大層な話だな……で、どうだったんだ?」

「それは、さっきお前に指摘された通りだ。俺の目はまだ曇っている」


「一つわかったことは……目を凝らすより、耳を鍛えることだ。だからお前たちの話を聞きたい。出来れば詰め所ではなく、ここで、この場所で」

「……」

「多分、俺の役目とは一市民の中に混ざって消えることではなく、貴族や評議会との壁に風穴を開け、ドロワの街をより強固に、一つにすることだ」


「俺は今日ここでそれを肌で感じたが……お前たちはどう思う?」

「……そう、だなぁ。難しいことはわからねぇが」

 カルードの言う言葉にはピンとこない団員たちであるが、ひとまずは思いついたことを意見する。

「今その話を聞いて思い出したことがある。この先にある鋳造所と織機の工場なんだが」


「先代のウォート家の融資で建てられた物だが、かなり老朽化しちまってて質が落ちてる。工場長は大人しすぎて人を使うのが下手でな、何度も嘆願書を出してるが音沙汰なしよ」

「ほう」

「あんたに交渉を任せるのがいいかも知れん。原材の質が上がれば街にとっても有益だしな」

「道理だ。では俺が乗り込む前に、一度話しをつけてくれるか? 任せよう」

「あぁ」


 カルードと団員たちがそんな話をする様を、フェルディナントは黙って見ていた。


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