二十六ノ三、鏡
驚き半分で慌てた様子のレイムントに対し、カルードはその理由がわからない様子で、訊ね返した。
「では訊くが、向く向かぬは何で判断するのだ」
「えぇ、それは、まぁ……」
「お前はすでに竜騎兵隊を纏めているし、団全体に置いても調停役を進んでやってくれる。欠かせぬ逸材であるのに、何故そうも腰が引けているのだ」
「……そういう性分だからです」
レイムントはひとまず座り直して、カルードに言い聞かせる口調で言う。
「私はね、カルード。最初の時に辞退したのは、貴方の方が旗印として相応しいから、推したのです。あの時はとにかくわかりやすい目印が必要だった。家柄も、経歴も、知名度も、市民に与える印象も。何もかもです」
家柄という言葉を聞くと、自然と自嘲めいた薄笑いを浮かべるカルードである。
レイムントはそれを止めるよう指差して注意を促した。
「どうやっても初代団長は貴方でしかなかったし、その結果の今――いや、まだ結果にすら辿り着いてないのに、途方にくれても仕方が無いでしょ」
「途方に暮れているように、見えるか」
「えぇ、それはもう」
レイムントは普段よりは言葉が強くなっている。
「もし、今もジエルトが居たら……私も、三人目の候補として彼の名を挙げたでしょうが、もうその目は失われました。今一番落胆しているのは、彼の部下だった者たちなんですよ」
「……カルード。貴方は彼らを慰め、奮い立たせる側の立場。他の隊長たちの手前、気丈に振舞って下さい」
「あぁ……わかっている」
ジエルトの名を聞くと、多少なりとも言葉が重くなるカルードである。
重い感情と記憶から、いつかの死の影を思い出す。
「俺は一度、死に掛かったことがある。あの翼竜もどきと戦った時に」
それは翼竜に化けたレニと戦い、瀕死の重傷を負った時のことだ。
「本当に一瞬だった。あの様を、思い出しただけだ」
「えぇ。話としてはお聞きしております。恐ろしい体験をなさったものだと」
「あぁ……だが恐怖だの絶望だのは所詮、人の言葉」
ジエルトの死も、自分の時も一瞬のことだった。
なんの感情も算段も及びつかない空隙があると思い知った。
「だから、考えあぐねている」
カルードは生々しい記憶と今の自警団の運営を、同じ視点で観ている。
「理想としては、誰一人として欠かせぬ財である。しかし急場には何人が欠けようとも組織は回らねばならない。自警団の構成を、人員の配置を考える時、二つの絵図は同じには成り得ない」
「そんなことを考えながら、団員一人一人の名を思い浮かべて思案していると、自分が嫌になるんだ」
組織の形や団員の配置、様々な場面でみなの顔が浮かぶのに、それが欠けた時の形にまで思いが巡る。
そして、もしそうなっても大丈夫なようにと計算する――。
「……正直、そういう考え方は好きじゃない」
「……」
「俺は直情的過ぎる。団長には向かぬ。だから、お前のように配慮できる者が必要なんだ……やはりお前の言を容れて、補佐役を増やし上層の人材を厚くするとしよう」
「カルード……」
レイムントは何も言えずにいる。
「さっきの、次の団長の話ですけど」
思い至ることがあって、レイムントは少し話を戻した。
「仮に私が団長に引き継ぐとしたら、今の体制はがらりと変わるでしょう。上も下も、人を入れ替えて、私の性格に合わせて……。けれどフェルディナントなら今のままでいけます」
レイムントの言葉に、カルードも思い当たってか顔を上げた。
「……フェルディナントと貴方がぶつかるのは、そういうことです」
「先日の月魔の一件、行動不能になった貴方に代わってフェルディナントが指揮をとったのが、まさにそれでしょう」
急場にトップが替わっても団は滞りなく動くことができた。
カルードとフェルディナントの性質は同じだと、レイムントは思っている。
「でも、私の本音としては初代三年だけというのは……やはり、嫌なものですな」
カルードは、観念したように息を吐いた。
先は長い――そうレイムントに言われたようなものだ。
「以前、あの龍人族にも言われたさ。何も出来ない貴族が嫌いだ、とな……」
「あの時は図星を突かれて頭に血が上ったが……今はどうなのかと、時々思う」
「貴族、ですか」
「俺は今でもまだ貴族然としているんだろうか……」
レイムントは、否定はしない。
生まれついた環境からくる性質や気性はそうそう変わらない。
それを貴族だから、というならそうかも知れないが――。
「それも含めて貴方でしょう。貴方に貴族の気風を感じて付いてくる者もいるのです」
「相手の先入観までは覆せませんが……少なくとも団の者たちは、みな貴方が好きなんですよ。特にその、直情さが……ね」
「……」
他人というのは、唯一自分を映し見ることの出来る存在でもある。
カルードが団員や市民に心を砕く様を、彼らもまたじっと見守っている。