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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十六ノ二、笑い

 仕事の手を休めて二人が止め処なく話していると、部屋の扉がノックされ給仕の娘が顔を出した。

 先ほどレイムントが注文していた飲み物を運んで来て、テーブルの上に揃いのカップを置くと慣れた手付きで注いでくれる。

「ごくろうさん、また頼むよ」

 レイムントはいつもの口調で礼を言うが、カルードは気付かずにいる。


「……カルード」

「――え?」

 レイムントは茶を継ぎ足している娘を指し示し、カルードもようやく気付いた。

「あ、あぁ。ありがとう」

 娘は返事の代わりに笑うと、名残惜しそうに部屋が出て行った。

 その始終で浮かれている。


「……また、お礼を忘れるところでしたね」

 締まる扉を斜めに見つつ、レイムントはカルードに苦笑いを向ける。

「すまん……」

 カルードは素直に謝り、助け船を出したレイムントへ感謝する。

「軽く見るつもりはないのだが……どうにも横柄になるようだ」

「印象ですな」

 カルードからしてみれば思案していて気付かなかっただけだが、傍目にもそう受け取られるとは限らない。


 こういった些細なこと一つ一つが、カルードにとっては学び直しになっていた。

 簡単なことだ。

 礼を言う、挨拶を交わす、そして笑う、などだ。

 一見些細に見えることを、カルード――ヘイスティングは頭で考えないと上手く出来ず、自然な仕草に見えるまでには随分とかかった。


 騎士は騎士然とあれ、で済ませていた事柄が市警団では通用しない。

 シンプルなだけに人間性を瞬時に表してしまい、それが誤解か正解かは受け取る側の主観でしかない。


「フェルディナントが毛嫌う理由もわかる。俺は欠点も多いし散々失敗を人目に晒してる」

「そのような」

「事実だ。だから顧問官の言うことも、腹立たしいが理解はするさ」

「……はぁ」

「俺にとって必要な人間を、傍に配置してくれたんだ。相性の良し悪しは俺の感情でしかないが……彼らは俺を――俺たちの能力を客観的に試算してくれた」


「俺にとっては信用できる方々だし、彼らが俺たち自警団のために時間も人員も気苦労も費やして示してくれた。これは、しるべだ」

「えぇ」

「それが正しかったかどうかを証明出来るのも、俺たちでしかなく……」

「『皆様のご期待を裏切らないように』でしょうか」

「あぁ」

 第三者に自分の能力や相性を計られること、そこから透ける自分の姿に腹立たしさを感じないわけではない。素直に感謝しきれるほど達観もしていないが――。


「お綺麗な言葉に聞こえるだろうが、そう言うほかなくてな」

 カルードはそう言って作り笑いをする。


 そもそもカルードには、笑うということを学ぶことから時間が掛かった。

 自警団の団長に収まった当初から、それまでの自分に無かったものがそこにあると感じている。


 自警団や市民の笑う様を間近に見、彼らは面白くて笑うのではなく、笑う必要があるから笑うのだと気付いた。

 冗談を言う者は必要があるから頭を捻るのである。

 酔った者達が下品な振る舞いで座を沸かすこともあるが、この手合いの下種た笑いを冷笑で流すのは簡単なこと。

 人々はその話題が面白くなくてもまずは笑ってやり、そしてそのうちに本当に楽しくなって笑うという、基本的な技術を身に着けている。


 感情を共有出来るか、という点も仲間を認識する要素の一つだからだ。

 彼らは互いにその場その場の感情を投げ合い、受け取りあって関係を保っている。笑いとはそういった感情の中でも、難しい部類のものだろう。


 ヘイスティング――カルードには、彼らのそういった市井の処世術の一つ一つが新鮮なものに感じられる。



――ジエルトを刺殺した後。

 元々笑うことが苦手だったカルードだが、また暫くの間笑えなくなった。


 時間が経つに連れ、自分の手でジエルト・ヒューの命を絶った事実が重く圧し掛かる。今もあの瞬間のジエルトの瞳が、強く記憶に焼きついている。


 魔物ハンターの中にはそれを恨みに思う者もあったが、仲間が月魔化すれば即座に救ってやるのもまた魔物ハンターの掟である。それをやり遂げたカルードを、魔物ハンターたちは言葉にはしないが認めていた。


 塞ぎこむカルードを助けたのも、また自警団員たちである。

 団員らはカルードを酒に誘って馬鹿馬鹿しい笑いに引き込もうとし、それが無理な時は同じように物思いにふけった。

 出来る限り同じ時間同じ感情を共有しようとしたのは、この貴族出身の若い団長のことを、以前より好意的に捉えるようになったからだろう。


 この一件がもたらした物は様々ではあったが、彼ら団員にとっては自警団は共同体であるという意識を芽生えさせた。

 何よりもカルード自身に。



「時々思うのだ。任期である三年を過ぎたら、次は誰が相応しいかと」

 不意に、カルードが胸のうちにあった考えを口にした。

「えぇ?」

「今の所、副団長二人が候補だろうが……おそらくは、お前の方が」

「よして下さい、たった三年で放り出す気ですか。第一私には向きません」

 レイムントは慌ててそれを制す。


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