二十六ノ一、火と水と
第三部 ドロワ・弐
二十六、紡ぐ者と読む者と
思案するカルードに、レイムントは試すような言葉を吐く。
「フェルディナントを、交代させますか?」
テーブルを小突いていたカルードの指が止まる。
「……図星ですか」
カルードは答えない。
「私が言うのもなんですが……どうもフェルディナントと貴方は、馬が合わないようですな」
「否定は、せんよ」
誰の目から見ても、それは明らかだ。
フェルディナントはカルードに対して強いストレスを抱いている。カルードの方もフェルディナントが居ると意見の対立から自在に部隊を動せずにいる。
ジエルトやレイムントが居なければ中隊長たちとの繋ぎも滞りがちだったが、頼りになっていたジエルトはもう居ない。
「フェルディナントは団員としても部隊長としても優秀ではありますが――」
レイムントの言葉を遮り、カルードが応える。
「その件については、俺も顧問官サマにお伺いを立てたさ」
「……ほう。どのように」
「やつはどうにも、他人を威迫する傾向がある。他人を拒絶する癖もな」
フェルディナントはしょっちゅう大声を上げ、きりきりと気が立っている印象がある。だが日々の仕事ぶりからは、任務の重圧や能力の不足などでは無いはずだと思われる。
いうなれば焦燥感に似た怒り、未だ確とした足場を定め切れていないのではないか……そんな風に見えるのである。
「顧問官殿はなんと?」
「適正を見た上での選別だ、と……。カミュ団長やセリオ様も、賛成なさったそうだ」
ほう、とレイムントが声にする。
「つまりだ。俺が未だ、奴の能力を引き出していないからだ……と」
「ふぅむ……」
レイムントもその言葉には納得できるようだ。
「まぁ、そう言われれば確かに」
「そうなのか?」
「今、彼がこの場に居ないのもその証拠ですな」
こういったくつろいだ場面で、カルードとフェルディナントが揃っている機会は殆どない。まして今日のような個人的な話題など……。
「あいつが! 真昼間から俺たちと差し向かって茶を喫するような魂か?」
「これこれ」
魔物ハンターや団員に影響されてか、口の悪くなるカルードを、レイムントは宥める。
「ならば皆様のこ意見を捨て置きますか?」
レイムントは、あくまでカルードの本音を引き出そうとしている。
「貴方はどうなんです、カルード。団長、副団長を抜きにして」
団長、副団長としての役目は機能しているはずだ。
だがその過程で互いの感情が大きく乱れ、強い緊張を強いられる現状は良いとは言えない。
カルードは言葉を選んでか、少し考えている。
「あの時……」
ようやくぽつりと口にする。
「あの時、ジエルトが月魔に変化して、俺が――」
「……カルード」
カルードはその先の一言は言えず、レイムントは遮る。
カルードもその瞬間の記憶を避けて、続ける。
「いや、その後だ。周りの誰もが動けなかった……。俺もだ」
カルードが、その剣でジエルトを刺し月魔として消滅させた。
ジエルトの月魔化の瞬間を見た者たち、テラーボイスを受けた者達は、皆が衝撃で我を失った。
カルードも思考すら働かないほど混乱に陥った。
「あの時に、冷静に指示を出せたのはフェルディナントだけだった。あいつがあの場に居なかったらと考えると……」
ジエルトの月魔化に反応出来たのはカルードただ一人だったが、カルードに続いて動くことが出来たのはフェルディナントだ。
フェルディナントはさらにカルードを叱咤し、代わって指揮を執って恐慌状態にあった現場を救った。
自警団が取り押さえた巡礼の男は、フェルディナントの判断で白騎士団に引き渡された。
男は直後に死亡したが、所持していた筒状のギミックはフェルディナントが確保し適切に取り扱ったため、ネヒストを介して無事にドロワ聖殿へと持ち込まれた。
急場になるほど落ち着きを保つフェルディナントの気質に、カルードはしばしば戸惑いを感じている。
「あいつのあの冷静さ……俺にはわからない。そして、何故あれほど目の敵にされるのかもな」
「……そう、ですなぁ」
「フェルディナントの苛立ちを見ていると、以前の俺を思い出すんだ。あの頃はカミュ殿の煮え切らなさが嫌いだったが……今の俺も、相当なものだ」
そう話すカルードは、以前よりも自分の欠点を冷静に見るようになっていた。フェルディナントが苛立つ気持ちも、部下たちが命令に戸惑うさまも共感をもって理解出来る。
理解は出来るのだが――。
レイムントは、黙って聞いている。
「フェルディナントは貴族嫌いらしいな」
カルードが、今更とも思える言葉を口にする。
「えぇ」
「それもあると思うか?」
「あるかもしれませんが……私の受ける印象はちょっと違いますな」
「なんだ? 聞かせてくれ」
「……」
レイムントは言葉を探してか、首を傾げている。
「いえ、うまく言えません」
レイムントから見れば、フェルディナントの態度というのは単に嫌いだとか身分や性格が気に入らないという類の感情ではない。現に時折二人の意見が噛み合った時などはレイムントが口を挟む隙も無いほど、強い矛ともなる。
馬が合わないようだとレイムントは表したが、互いに向き合う関係でもないと感じている。