二十五ノ十、フロリンダ
「貴族の政略結婚に、当事者の感情など二の次だ」
カルードは少し個人的な話を聞かせる。
「彼女の家は……あまり階が高い方ではなかったから、ガレアン家との縁組には家族も親族も必死だった。俺は、それを壊したのだから……彼らに合わせる顔など無い」
貴族の婚姻は家同士の結びつき、時に一族の命運すら掛かっている。
本人も親もその身内や友人達も、数年の時間を掛けて多大な労力を注ぎ込んでようやく成り立つ誓約である。
「今頃は、次の縁組を成そうと奔走しているはずだ。そして今度は早急に固めてしまうだろう。半年のうちか、遅くとも来年までには――」
多分、その相手はルイ――ローデヴェイク・シグムント・トビアスだろう。
ガレアン家との破談を払拭し、一族にとってもこれ以上ない良縁はトビアス家をおいて他にあるまい。
破談後には不文律の自粛期間がある。
再び婚約が成ったなら今度は準備の為に儀礼的な空白がある。それらを合わせてどの程度の月日となるかはわからないが、そう長くはないとカルードは思っている。
貴族社会というのは、存外に自由意志が通らない。
「俺は、少なくともそれまでは……それを見るまでは、女のことなど、考えないようにしようと」
レイムントは物言いたげに振り向く。
「――いや、違うな。……そういうことにして、今は自警団のことに集中したい」
「……」
「……感傷か、言い訳に聞こえるか」
「未練ですなぁ」
レイムントは苦笑いで宥める。
「まぁ……貴方にその覚悟がおありなら、私はこれ以上言いますまい」
それがどれほど辛いことになるか、今のレイムントは敢えて口にはしない。
「少し時間を置くというのも、選択の一つではありますな」
その頃には娘たちも団員たちも、少しは落ち着いているだろう。
「時間、か……」
「今は、全ての時間を自警団に注がれると?」
「あぁ……。それでも足りないくらいだ」
許婚であったフロリンダ。
良く言えば明るく社交的、正直なところ享楽的でもある。
彼女が今の状況で悲しんでいる姿はあまり想像できないが、元許婚のこんな言葉を聞いたら笑い飛ばしたかも知れない。
以前のヘイスティングは何かと悩む方であったから、許婚のあのカラリとした所が丁度良かった。
今の状況も、笑い飛ばしてくれたなら、気持ちも晴れるというのに――そう考え、これもレイムントの言う未練か、と思い当たる。
「ドヴァン砦……今の状況がいつ転ぶか、わからない。それまでに少しでも、完成度を上げなければ」
話題を変えたいという気分からか、カルードが不意にその名を口にした。
この所の慌しさに流されていたが、今のドロワ市は情報を遮断された牢獄の如き状態で、いつ戦乱に巻き込まれてもおかしくないのである。
「私には、現状でも良く纏まっているように思えますがねぇ」
「通常の任務なら、な」
カルードは、指先で机を叩くような仕草で考えている。
「下手を打てば、ドロワが戦争状態に巻き込まれる……今のままでは戦力になるどころか、まともに動けるかどうか」
足手まといになるやも、と内心恐れてもいるが今は口に出さない。
自警団設立の大きな目的は、日々の警邏だけではない。
聖殿騎士団では動けないような事態に対し即出動できる実戦的な部隊として機能して貰いたい。
白騎士団、黒騎士団の補助ではなく、横に並ぶ軍団で無ければ役に立てない。けれどその武力は、市民を抑圧したり同盟他市を脅迫するものであってはならない。
自警団がどのような性格を持つ部隊になるかは、カルードたち幹部の考え方や指導力にかかっている。
「やはり、もう少し補佐官や相談役を増やすべきでは?」
レイムントの意見はもっともではあるが、カルードは即答できずにいる。
「出来れは、団員や市民への威圧は避けたい。けれど、俺の独善で進むよりはましだと考えるしかないのか……」
外部にはいる。
聖殿騎士団のカミュやセルピコ、自警団設立に関わったドロワ城の顧問官や衛士隊、城主セリオの意見役など、仰げば応じてくれる相手は多くいる。
「今の体制は、以前の聖殿騎士団に似ていますな。団長に対し副団長二人。しかし内包する部隊はバラバラで結局、中隊長の現場での決定に左右される」
「あぁ……」
レイムントは少し言い濁して、躊躇う。
「――特に、魔物ハンターの部隊。彼らの性格上、小隊ごとの個性が強い。ジエルトが居た頃は……それでも纏まっていたのですが……」
未だ、その名を聞くのは辛い。
しかしジエルトの後任が機能しておらず、例えるなら団内に遊撃隊が複数あるような状態だった。
魔物ハンターの直接の上官に当たるのはフェルディナントだが、フェルディナントは魔物ハンター部隊を制御しきれず、カルードが個別に目を光らせていないと、本来の働きが出来ないようだった。