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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
25/379

三ノ四、イレギュラー

「く……っ。どういうことだ! 一体どいつがこんな大掛かりな術を?」

 バーツは事態を把握しようと努めた。今この場にいないレアム・レアドの術とも思えず、目の前の男でもなさそうだ。

 なにより、この術は何か異質のものを感じる。


 ガーディアンとしても、兵士としても、このような事態は経験したことがない。

 それは、この戦場を何度か経験している他の騎士団の皆も思うことだった。今までこのような反撃は受けたことがない。


「隊長!」

 アーカンスは隊をやや後ろに下げた。

「なんとか、突破口を……」

 頭上には城壁からの矢が雨のように降り注いでいた。


 バーツは再び掌をかざし、光を集めた。

 空に片手をかざすようにして、この矢から味方を防いだが、アーカンスはこの矢を止めなければ次がない、と判断した。

「番えよ!」

 アーカンスは部下に叫ぶ。

 狙うのは門ではなく、城壁の敵兵である。遊撃隊は城壁に張り付く敵兵に向けて、矢を打ち上げる。


 隙をみてライオネルの小隊が雷を放った。

「こっちだ!」 

 バーツは片手でもってこれを受ける。

 炎で一瞬視界が遮られたが、それ以上に足が止まってしまった。正面からのライオネルの攻撃は予想以上に重く、気を抜けばバーツ自身が吹き飛ばされそうになる。

 動きを止めてしまったバーツを、南側の塔から狙う弓隊がいた。


 この時、砦の南側で異変が起きていた。

 一つは、南塔の機械弓がバーツに狙いを定めていた。

 もう一つには、イレギュラーな竜馬が川下から近付いていた。


――イシュマイルだ。

 街道を避け湿地を抜けて、イシュマイルは戦場まで辿り着いた。


「何奴っ!」

 中州にいたドヴァン砦の守備兵が、イシュマイルの姿に気づいて声を上げた時には、すでに竜馬はすさまじい速度で河原を駆け抜けたところだった。

 竜馬はファーナム側の陣へと飛び込む。

 川沿いギリギリの、矢の少ないところを疾走し、橋へと近付いた。


 バーツたち遊撃隊からは、煙のせいでこの竜馬が見えなかった。

 そればかりか、こちらを狙う南塔の機械弓にも気付いていなかった。そこまでの射程距離があるとは、予想だにしていない。


「バーツッ!」

 イシュマイルの声が遊撃隊に届いた。

 その声に、一番驚いたのは名を呼ばれたバーツだ。


 イシュマイルは竜の背で体を斜めに乗り出し、片手を伸ばした。

 そしてバーツの横をすり抜け際、その体を攫う。

――寸での差で、機械弓の巨大な矢が地面に突き刺さった。

 

 だが直後、さすがにイシュマイルの腕力ではバーツは抱えきれず、竜馬ごと転がるようにして橋の前で振り落とされた。

 バーツは素早く体勢を直し、地面低くから叫ぶ。

「イシュマイル……! てめぇ何でここにっ!」


 イシュマイルは、バーツより一瞬早く転がると、身を起こしてすかさず矢を番えた。レンジャーの使用する短い弓、矢尻には対月魔用にノアの聖石を使った特殊な矢。

 そして、射る。

 イシュマイルの放った矢は、魔方陣に直撃する寸前に花火のように破裂し、無数の閃光が糸のように魔法陣へと吸い込まれた。


 一見するとまるで見当外れな所に飛んだように見えたが、わずかに魔方陣が揺らめいた。

「!」

 アーカンスが気付いた。

「壁の石の隙間!」

 バーツが振り向く。

 アーカンスは声を張り上げた。

「ジェム・ギミックです! 門に、魔石をもって仕掛けがほどこしてある!」


 偶然か何者かの恩寵か、それともこれが聖石の力なのか、雲間から差す光が壁面の小さな魔石を煌めかせた。


 壁に埋め込まれたジェム――魔石は石壁の中にカモフラージュされていて、攻め手はこれを見落としていた。しかし一度その存在に気付くと、魔石の並び方は魔方陣の配置そのままであったから、法則を見つければその位置を予測できた。


 見れば南門を覆うように巨大な仕掛けが壁一面に施されている。

「……雷光槍の攻撃が……完全に封じられてる!」

 アーカンスは最悪の状況を察し、すぐさま遊撃隊へと命令を発する。

「バーツ隊長を援護! 隊長と少年の安全を確保するぞ!」


 一方イシュマイルは、バーツの横でなおも弓を番えている。

「てめぇ、イシュマイル!」

 バーツは怒鳴ったが、イシュマイルは別のことを答えた。


「あれは、月魔を倒した後にその体から出てくる魔石と同じだよ」

「……ぁあ?」

「ジェムと同じ物だけど、同じじゃない……ものすごいエネルギーを起こすんだって、レムが言ってた」

 イシュマイルはそれ以上は何も言わず、ただ表情を硬くしてその場に固まっている。


 バーツは、魔方陣に対抗するかのように防護陣を展開させた。


 それは物理的な効果よりも、心理面で敵兵を動揺させた。

 球形に広がったバーツの術は湧き上る泉のように揺らめいて、城壁からこれを見る敵兵の視界は、水面を覗くかのようだった。


 上から撃ち込むドヴァン砦側の矢はこれを突破することが出来ないが、ファーナム騎士団の矢はこれを抜けて敵陣へと届く。

 またファーナム側の重機が打ち上げる矢粒や砲弾までもが砦の敵からは視覚的に捉えにくく、突如現れる飛び道具に敵兵は恐怖心を煽られた。


 遊撃隊そして援護の二中隊は、壁面の弓兵との戦闘にシフトする。

 バーツの術が皆を防護した働きで、味方の弓兵は敵の矢の射程内に入り込んで射ることが出来た。

 魔方陣の外にいる敵兵を中心に、先ほどバーツを狙った南塔の機械弓も操者を射抜いてこれを止めさせた。


 敵の乱れを突き、ファーナムの弓兵は砦の守備隊を次々と沈黙させていった。


 炎や雷撃の奔り回る戦場では敵も味方も金属製の重装を避けており、火薬も竜馬も後ろに下がった。ガーディアンが投入された戦場では、戦の常識というものがまるで通用しなくなるということを、彼らもその身で痛感した。


「……む。気付いたか」

 ライオネルは魔方陣を裏から見ている。

「付け焼刃ではこの程度か。……それにしても」


「バーツ・テイグラートのあの術……目眩ましとは、な」

 ライオネルは初対面の弟弟子を見、意外そうに呟く。情報から推察する人物像、今見えている外見の印象から猪突猛進の攻撃的な男だと予測していた。


 ガーディアンの術に一定の法則はない。

 レアム・レアドは雷を自在に奔らせ、ウォーラス・シオンは気配もなく物体を飛ばすことができる。これらは基本の技は同じだが、術者の性格や熟練度によって様々に変化する。


 バーツの場合は敵の目を欺き味方を守る、今のスタイルがそうなのだろう。

 軽妙に振舞うバーツが、その実自らの内面を容易に他人に晒さない性質であることを知る者は少ない。相手に自分を掴ませず、他人の干渉をすらすらと躱すのだ。

 ライオネルはこの僅かなやり取りの間に、バーツの性格をおおよそ把握した。


 次にライオネルは、イシュマイルの居た辺りを見た。

 そして忌々しそうにため息をつく。

「ノア族のガーディアンの次は、ノア族の格好をした子供か。ファーナムめ……虫唾が走る」

 ライオネルは、芝居がかった気障な仕草で灰色の髪をかき上げた。


「……まぁいい。力で押すぞ」

 ライオネルが再び合図する。


「バーツ隊長! 危険です!」

 遊撃隊の誰かが叫んだ。

 ライオネルの隊が再び魔弾により砲撃を再開し、その動きに気付いたバーツは先手を打って前面に向かって雷撃を放つ。

 橋を境に互いの力がぶつかり、閃光が視界を眩ませた。


「イシュマイル! 下がれ!」

「イシュマイル君! こちらに!」

 バーツとアーカンスがイシュマイルに叫び、イシュマイルも下がろうとする。


 ライオネルが遊撃隊に狙いを変えた。

「井欄を狙え。邪魔だ」


 井欄は弓兵が登って、矢を射る可動式のやぐらである。城壁と同じ高さで攻撃してくる井欄の弓兵は、砦の敵兵にとっても目障りだった。

 ライオネルは、豪快にもこれを倒してしまえと命令した。


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