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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十五ノ八、トビアス

「レイムント、旧市街の情報屋の女性の話を聞いたことはあるか?」

 カミュは突然話を振った。

 カミュはおっとりした口調ながら、時折こうして急角度に話の肝を語る癖がある。

「え、えぇ……あります。直接話したことはありませんが、守銭奴だとか」

「ふ、面白いな、それ」

 カミュはその言葉が気に入ったのか、笑っている。


 情報屋の老婆。

 イシュマイルがドロワ市に滞在していた頃、何度か言葉を交わしていた女性である。街の人々は老婆の事を愉しみと愛嬌を与えてくれる存在だと扱っていたが、イシュマイルは早々に彼女の変装を見破っていた。


 カルードがレイムントに言う。

「――その守銭奴殿のお名前はアビゲイル・エラ・トビアス夫人。その息子にしてトビアス家の次期当主がローデヴェイク・シグムント・トビアス……ルイ様だ」


 ルイ、とはローデヴェイクの愛称である。

 ルイ自身がこの名を気に入っている為、皆にそう呼ばせている。


 カミュがあとを続けた。

「トビアス家は、城主セリオ殿の姻戚にあたるんだ。トビアス夫人はセリオ殿ご夫婦の姻族にしてご友人。ついでにいうと話し相手という名の情報源だ。下町での活動は、まぁ趣味の領域だな」

 レイムントは未知の情報に、ただ頷いているだけだ。


 カルードは街中で幾度かその姿のトビアス夫人と出会っているが、その都度そしらぬフリで素通りしていた。

「トビアス家くらいになると、市民はまずお顔すら知らないままだ。俺も正式には殆どお会いしたことがない。……有閑のご夫人には、下町は刺激的なんだろう」


「……なるほど。あの親にしてこの子あり、というやつですか」

 レイムントには、親子どちらの行動も理解の外だ。

「貴族と城主殿の間でもっとも微妙な立場にあるのがトビアス家だ。それだけに、その処世術も尋常じゃないって所かな」

 カミュは他人事のような口振りでいる。

「ますます、わかりませんなぁ」



 竜馬車は、新市街で止まり三人を降ろした。

 カミュは白騎士団の詰め所に戻るため、カルードたち自警団は竜馬車は使わず歩いて旧市街に戻るためだ。

 カルードとレイムントは、まずはカミュに伴い白騎士団の詰め所に赴いた。


 先程まではドロワ聖殿に居た白騎士団の幹部たちも、今は詰め所に戻ってきている。皆とうに解散して、それぞれの仕事に戻っていた。


 ネヒストも、他の白騎士団幹部と共に詰め所にて待機していた。

 カルードの顔を見、聖殿での様子から声を掛けようとしたのだが、傍らにレイムントが居るのを見て思い止まった。

 「……」

 ただレイムントに対して小さく会釈したのみだ。


「ネヒスト、ちょっと……」

 カミュが、ネヒストだけを近くに呼んだ。

 周囲の誰にも聞かれぬよう、小声でトビアス家でのことを手短に話す。ネヒストもまた白狼フェンリルに止めを刺した一人だからだ。


「なんと……ローデヴェイク殿に謝罪に行かれた? 何故私を同行させて頂けなかったのです」

 ネヒストはさも心外とばかりに目を剥いたが、カルードはその理由を知ってか黙っている。


「仕方ないじゃないか。お前はルイの好みなんだ。話がややこしくなる」

「……は?」

「団長!」

 頓着無くさらりと言うカミュに、カルードも思わずその名で呼ぶ。

 レイムントは余計なことは言わないが、複雑な人間関係を前に珍しく眉に皺を寄せた。



「――カルード、少しは休まれた方が宜しいのでは」

 カミュたち白騎士団の詰め所をあとに、二人で旧市街へ向かう道すがらレイムントがそう言ったのは、レイムント自身にも少なからず気疲れがあったからかも知れない。


「要らぬよ。『緑の三つ葉亭』に立ち寄る」

 カルードも今日は逆らわずに休むつもりでいる。

 それはシャムロックとも呼ばれ、剣の師ピオニーズ・ルネーの娘夫婦が営んでいる宿場である。


「ほう、では午後は非番に?」

「あぁ。二人に任せたいが、良いか?」

「私はそれで構いません。フェルディナントには任せっきりになってますが、まぁ彼の愚痴を聞くのは私の方が得意ですし」

 カルードは疲れの残る苦笑で頷き、レイムントは宿屋までの道中をカルードに付き添った。


 緑の三つ葉亭は、このところ自警団の溜まり場になっていた。

 一つには、団長のカルードがこの宿に仮住まいしているからだ。


 実家のガレアン家を勘当されてからは自警団の宿舎に住んでいたが、師であるルネーを親族のいるこの宿に住まわせようという目的で、カルードもこの宿に移った。


 二度の月魔事件で二度ともこの宿が出発点だったことで評判を落とし、またドロワ市がレミオール領になって巡礼客が減ったこともあって、客足が遠退いていたこの宿を気遣う気持ちもあった。


 団長と剣の指南役が揃って滞在しているので、自然と自警団員が集まるようになる。

 幾つかの空き部屋は自警団が借り上げて会議等にも使われ、報告なり休憩なりにと使われていた。一般客が減った分は自警団の面々が住居として借りている。


 特に酒場を兼ねたホールには、昼夜を問わず自警団員が息抜きに訪れる。

 今日も真昼間から、一階のホールが騒々しい。

 昼間の客はほぼ団員か、その関係者である。夜は酒場となり一般の客も増えるのだが、それに劣らぬ賑やかさである。


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