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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十五ノ六、ルイ

 屋敷の中は赤や紫、抑えた金などで彩られて、官能的な雰囲気がある。

 だがその合間合間に飾られる絵画や調度品は――魔。伝説上の魔物や異形の生物、果ては骨などの死体美術といった暗い世界を題財にした物が多い。


 さらには。

「これは――月魔ですか」

 廊下に無造作に置かれた人形は、人型の月魔を模っている。見れば、所々に宝石のような光があり、ジェムが嵌められているのがわかる。

「……ギミックで動き出したり、しないですよね?」

「さぁな。こいつが動いたという話は、私は聞いたことはない」

 カミュは何度か訪れているらしく、この景色も見慣れている。


「はぁ。なぜこんなものを……?」

 レイムントには理解出来ない感覚で、首を傾げて見ているだけだ。事実ドロワではこういった退廃的な趣向は好まれず、嫌悪感を抱く人もいる。


 けれどファーナムや、かつてのアリステラ等には愛好家も居て、貴族や刺激を求める若者らには少なからず浸透している。そういった感性の違いなどもドロワの市民がファーナム市民達余所者を厭う理由の一つでもある。



「あなた方、いつまで私を待たせるつもりなの?」

 不意に、廊下によく通る男の声が響いた。

 カミュたち三人が振り向くと、廊下の先に背の高い男が両手を広げて立っている。

「ル……ルイ様!」

 咄嗟に姿勢を正したのはカルードである。


「あら、誰かと思ったらヘイスティングなのね。どうしたのよ、その顔」

 ルイと呼ばれた男は、カルードの敬礼には構わずに話している。

「久しいな、ルイ」

「……ツィーゼル。またお説教に来たの?」

「それは君次第かな」


 ルイは、いわゆる美丈夫といった風情の男である。

 カミュより上背があり筋骨逞しいが、見た目だけでなく実際に武技の腕も確かで、狩りと称して月魔を退治たこともある。

 廊下やその壁に飾られている月魔の作り物などは、それらを模した記念品だとも吹いている。


 力も強く、豪胆でもある。

 恵まれた体格と強い冒険心を持つが、唯一高過ぎる家柄がルイを幼少より檻のような屋敷に閉じ込めて来た。屋敷内の装飾の悪趣味さや、ルイ自身の煌びやかな装束などはその抑圧の反動とも取れる。


「自警団からお客が来るとは聞いてたけど、貴方たちだとはね」

 今も、見慣れた貴族仲間と大人しいレイムントの顔を見て、口を歪ませている。

「不満か?」

「嫌とは言ってないわ。ただ、たまには魔物ハンターだとか下町の荒くれだとかに会ってみたいのよ」

 ルイとカミュは話しながら歩き出し、カルードとレイムントは黙ってその後ろに付いている。


「駄目だな。武器を取り出したり力比べをしない、という保証がなければ」

「なによ、古馴染みの私に対して、信用がないの?」

「無い」

 カミュも慣れたものでルイを雑に扱ってはいるが、数少ない親しい相手である。


「なら、母上みたいに下町にふらふら出向いてやるわ。白騎士団の仕事を増やしてあげる」

「……ならその前に、私の権限で門の鍵を預るとしよう」

「どういう権限よ! それ」


 ルイは先程から、貴族の女性言葉を使っている。

 市民と貴族ではそれぞれに言葉があるが、さらに貴族は男女でも違う。


 貴族男性の言葉、特に上級貴族のものは話す速度や間が決められていて、慣れない者が聞くとゆっくりとした重い口調に聞こえる。ほかにも忌み詞や、繰り返さなければいけない単語など制約が多く間接的で、思ったことを直感的に表すことが出来ない。


 その点女性言葉はいくらか制限が緩く、細かい表現も多くあるため伝えたいことを手短かに伝えられる。これは貴族は物静かであることが美徳とされるからで、男は厳かに女は言葉少なく語れ、とされる。


 だがルイはそれを使って思うままに、止め処なく話し続けているのが好みなのだ。今もカミュたち相手に延々と話しているが、対するカミュやカルードは、レイムントと同じ庶民の言葉で返している。

 自警団も聖殿騎士も、みな同じ言葉を使っている。


「――あぁ、そうそう。あのルディエールの娘だけど」

 ルイが、後ろを振りかってカルードに話しかける。

 カミュに軽く往なされたので、今度はカルードにからんできている。

「求婚しようと思ってるのよね」

「……」


「そうそう、フロリンダ嬢ね」

「……宜しいのでは?」

 挑発するようにその名を口にするルイを、カルードは表情のない顔で躱している。

「あら。いいの?」

「えぇ、貴方なら。我が兄ともご昵懇で信用もありますし」

 その言葉には含みがある。


 ルイは懲りないのか、カルードの肩を抱くようにしてヒソヒソと続ける。

「……じゃあこうしましょう。フロリンダの従姉妹のフローレセンス、あの子は大人しくて貴方に似合うと思うわ。二組で式を挙げるというのは――」

「ルイ様」

「冗談よ。相変わらず、からかうと面白いわね」

 そしてカルードの顔の傷跡をなぞるが如く、指で空に描く。


「でも、フロリンダの話は本当だから」

「……えぇ」


 声音の変わったカルードの心中を知ってか知らずか、ルイは一人で話を続けた。

「ねぇヘイスティング。リゼルハはこの頃どうしてるのよ。遠乗りにでも誘いたいわ」

「申し訳ありませんが……私は既に勘当された身。兄とは会いませんので」

「……あらぁ。そんな建前を聞いてるわけじゃ――」


「ルイ。そろそろこちらの話にも合わせてくれないか」

 さすがにカミュが口を挟んだ。

「嫌ね、ツィーゼル。いつからそんな野暮になったのよ」

「これは野暮ではない、仕事というんだ。君には縁がないだろうけれどね」


「ほんっと、口の悪い子ね」

 会話を悪口あっこうで区切って何事もなかったように自室に案内する、そんな芝居掛かった所はいかにも貴族の男である。


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