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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十五ノ三、我と類人龍

「ふぅむ……」

 ずっと聞いていたテセラは少し考える素振りを見せつつ、言う。

「アヌン・メイダという言葉、過去の歴史書に何度か出てくるのです。それも数百年単位で……。ですから、個人の名ではなく称号の類ではないかと思われます」

「称号……?」とカミュ。


「たいへん古い言葉です。メイダとは本来地上の豊穣や溢れ出るものを表しますが『アヌン・ム・イド』とも発音され、イドとは『我』とも訳されますので、原初なるもの、とする説もあります。これに『ム』という音が付くと、抑え難きもの、となります」


「む……つまり、溢れ出てくるのを抑えられないもの、というのが語源か?」

「それが豊穣であり、『我』であると。……?」

 聞いている皆は理解出来てはいない表情でいるが、テセラは説明を続ける。


「またアヌ、あるいはアヌンは高き処にある存在を意味します。古い神聖語では擬人化された星々とその指揮官であるともされており、エルシオンにも繋がりタイレス族の神聖語ともいえます」

「……ニュアンスとしては……軍団の象徴のようですね」

 カミュは不穏な気配を感じてか唸る。

「あるいは、石舟の船団かも……」

 テセラは含みを持たせる口調で言う。


 ディアヌは、巡礼が正方形のアイコンを持っていたことから古い宗派だと言っていたが、その点は言い当てていたことになる。


 オルドランが引き継いで説明する。

「私の方でも調べさせてみましたがタイレス族と龍人族、双方に有る言葉でその解釈はかなり広いようです。仮に名前だとすると、ノルド・ブロス帝国の古典から出てきた言葉は『龍頭亜人』――龍の頭を持つ人、という意味です」

「龍頭……」

「『類人龍』とも言いますが、ですので特定の人物ではなくシンボリックな何か……信仰の対象に近い何か、かも知れません」


 人の体に龍の頭。

 ロナウズ・バスク=カッドが個人的に所持している帝国の剣にも、その意匠が工房の証として施されていた。帝国では広く浸透しているマークである。

「アヌン・メイダと呼ばれる龍頭の偶像……ということか」

 その偶像に仕える狂信者か、とセルピコは考える。


「ただ『龍頭亜人』には『内なる我』とのニュアンスもあるようで、全ての龍人族の祖であるとも――」

「ここでも『我』……か」


 オルドランが頷き、付け足すように言う。

「龍人の心の奥底にある衝動的、本能的な部分を表すようです。……そちらで解釈すると、先の『赤い髪の者が入れ物となり龍人族を救う』の言葉も、単純ながら過激な方向に読み取れます」


 内なる戦いの炎、もしくは大いなるものをその身に宿して戦いの先頭に立つ……実にシンプルな構図である。巡礼の男は赤い刺青をすることで、自分を赤い髪の者だと思い込んでいたのかも知れない。


「成るほど。ドロワ拝殿の正面に月魔の剣を突き立てた意味も、それならわかります」

 カミュはあの日の朝にあった異変を思い出し、オルドランも私見を付け加える。


「男が山羊を狙った理由も、その線なら説明できます。山羊はノルド・ブロス帝国でも飼育されている数少ない家畜で、祭事では生贄としても捧げられます」

「では山羊もまた、象徴として……」


 セルピコは思ったより事態が切迫していると思い至る。

「だとしたら、じゃ。ライオネルより厄介かも知れんぞ。ライオネルのような加減もなく、無節操に仕掛けてくる手合いじゃ」


「――わかったことは、月魔は人為的に発生させられること、それが特殊な能力者でなくても出来ること……何より、それが同じタイレス族の手によるものだったこと。これが大きいと私は思います」

 オルドランの言葉は、似たような事件が散発的に起こりうると告げている。



 オルドランがギミックについての説明を一通り終えたタイミングで、それまでまるで言葉を発しなかったオペレーター・エネアが不意に口を開いた。


「時に……ライオネル・アルヘイトからの申し出について、皆様のお耳に入れた方が宜しいのでは?」

 物静かな声からは、これが失言ではなく確信犯であるのがわかる。


 その内容に皆が反応を示し、オルドランがエネアに視線をやるも、エネアは素知らぬ振りでいて、手にしていた筒状のギミックを箱に丁寧に戻している。

 テセラはただ黙っていた。


「ライオネルから、何かありましたか」

 カミュが問いただす口調で言うと、オルドランは何度も頷いて肯定する。

「事件の当日、ドヴァン砦のライオネルより使者が来たのです。弔意の言葉と共に、事件についての調査を行いたいと」


「……当日に?」

 カミュならずとも、いぶかしむ反応の早さである。

 ある種の白々しさもある。

「調査にかこつけて、何の探りを入れるつもりかの」

 セルピコも、端から信用などしていない。


「しかし当日というなら、何故今日まで我々に知らされなかったのです」

 もっともな質問をしたのはフェルディナント。

 オルドランは、それに対しても何度も頷いてみせる。

「貴方がたに非があってのことではない……これは城主セリオ殿と評議会との軋轢なのです」

 正確には評議会の貴族たち、である。


「こたび、我らドロワ聖殿はサークルを発議致しました」

 防衛機構とも呼ばれ、街の危機に際して発動される特殊な会議である。

「結果、魔法陣ホロウ・カラムを稼動させましたが……実は評議会はこれを全面的に反対していたのです」

「……」

「ですが城主セリオ殿は強弁に主張なさり……エルシオンからの命もあって、月魔竜にのみホロウ・カラムを使用したのです」


 エルシオンが外的に干渉してくることは稀である。

 それほどに、竜族が月魔に変化したという現象は衝撃が大きかった証である。


「ただやはり、サークルの発動は市民に少ながらず不安と混乱を与えました。評議会としてはそれは看過できぬこと……故に貴方がた抜きで、ことを治めようとしているのです」

 悪く言えば意趣返しでもある。

 貴族系議員にとっては、城主セリオにこれ以上の発言権を持たせたくはない。サークルにしてもホロウ・カラムにしても、諸刃の剣である。


 しかし今更このような話を聞かされて、両騎士団からも自警団からも溜息が漏れる。

「……とんだご迷惑を」

 皮肉を込めて謝罪したのは、要請元のカミュである。

「やめいやめい、誰も何もまちがっとらんわ」

 セルピコは手で払うような仕草で言う。

「もとより儂らが口を出せるものでもなし、どのみち受け入れるしかないのであろう? その、調査とやらを」


「おそらくはそのように。なに、ライオネルとて足元で不穏な分子に暴発されるわけにはいかぬでしょう」

 オルドランは、テーブルの上にある筒状のギミックに目をやる。

 これだけが原因ではないが、帝国側も足並みが揃ってはいないのである。


 些細な火種もドロワ市にとっては大火となり得、これをいかに防ぐかはライオネルの手腕にも掛かっていて、その点では互いの協力もやぶさかではない。

 そういう力関係である。


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