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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十五ノ二、救いの者

「……まぁ、それはそれ。今はその件ではありません」

 オルドランは穏やかな口調のままである。


「要はこの道具、帝国内では入手出来る者が存外にいるのではないか、ということです。特に地下で活動をしているような輩に」

 機会さえあれば動物や、人をも月魔に変えてしまえる道具が、である。


「では、公的な立場……例えば正規軍などではない、と?」

「断言は出来ませんが、禁止されている以上おおっぴらに所持できる物ではないはずです」

「しかし現にライオネルは――」

「ですから。それとこれとは別の問題です。所持するだけなら、誰にでも出来る代物ではないのかという疑問です」


 食い下がる口調のセルピコに対し、オルドランは事務的に結果を示すのみだ。

「つまりは……」

「えぇ。一市民であってもつてがあれば手に入るわけです」

 一市民。

 今回はそれが帝国人のタイレス族だったのだろう。


「わずかな悪意で凶行が可能で……まして、それを人に使うなどとは。いかな敵国人であろうとも常軌を逸しておりますな」

 端で見ていたオペレーター・テセラが申し訳程度の感情論を口にするが、淡々と読むような声にとても感情など篭ってはいなかった。



 それまで黙って話を聞いていたカルードが、無言でテーブルから離れた。

 皆はオペレーター・エネアの手にある筒型のギミックを見るためテーブルを囲んでいたが、カルードは傍らにある椅子に気だるそうに腰を下ろした。

 その様子をレイムントが気遣い、カミュはそんな二人を見ている。


 オルドランたちの話は、確かに胃の腑を悪くするような嫌悪感を伴う内容だった。ジエルトの一件もあって尚更カルードには重く圧し掛かる。

 カルードは椅子の端に斜めに腰を下ろし、両膝に肘を付くような格好で頭を下げていて、いかにも具合が悪いように見える。


 以前なら人前で脱力する様など見せなかったヘイスティングである。それでいて浅く腰を掛けて足元には隙が無い姿勢で居る。

(……まるで魔物ハンターだな)

 カミュの目にはそんな風に映った。


 そんなカルードに、追い撃ちをかけるようにオルドランが訊ねる。

「ガレアン殿ら自警団が取り押さえたという男……タイレス族でしたが、やや偏った思想の持ち主だったようですな」

「……えぇ」

「その者が口にしていたという呪いのような言葉、おそらくは『アヌン・メイダ』ではありませんか?」


「アヌン……メイダ……?」

 思い出そうとするとジエルトの記憶まで引き出してしまい、問答を重ねることに辛さを感じる。

「……いえ、はっきりとは。俺も動転していましたから……」


「私もすぐ傍で聞いておりましたが、何者かへの忠誠をしきりに口にしておりました。ですから、人の名かと思ったのですが」

 フェルディナントが横から助け船を出し、それまで黙っていたネヒストもそれに続く。

「確かにその言葉――いえ、名前でしょうな。アヌン・メイダ『様』とはっきりこの耳で」


 オペレーター・テセラが横からネヒストに問う。

「その者への忠義のために、月魔を作り出したと?」

「それはわかりかねる。ただ邪魔だてする者を排除する、とのみ」

「邪魔をする者……」

 テセラは何事か頭を巡らせているのか、小首を傾げている。


 ネヒストは、その時の男の様子は何度となく報告に上げ、口にしている。

 オルドランやテセラもその内容は把握しているが、直接男と言葉を交わした者の記憶と感覚には重みがある。

 ネヒストの方も、テセラの反応から他と違う視点があることを感じて再度繰り返した。

「男は二人の人物の特徴をあげました。『一人は銀の髪、一人は金の瞳、手掛かりとなる名はフェンリル』……彼らは何かを邪魔し、この先もするのだと」


「金の瞳の者、とはあのノア族の少年のことであろうかの」

 セルピコが横から言い、ネヒストも同じ考えであるのか頷きを返す。

「今一人の銀の髪の者とは? ライオネルしか思いつかんが……よもや奴ではあるまい」

「なんとも……。ただ男はライオネルを罵る言葉も吐きましたからな」

 その場にいたフェルディナントも、言葉にはしないが頷きで聞いている。


「今一つ、男はアヌン・メイダの入れ物と表して、赤い髪の龍人族と言った。その龍人族はあの日ドロワに居たが、アヌン・メイダ共々去っていったと」

「そこよ、不気味なのは」

 何度聞いても不可思議な話だとセルピコらは感じている。


 咄嗟に思い当たるといえばレアム・レアドだが、レアム・レアドは当日ドヴァン砦からは動いていないはずである。

「ならば、ドロワ城に匿われていたという龍人、レニスヴァルト・アストラダ?」


 そのレニと真正面から衝突したのが、第七中隊を率いたカルードやネヒストらである。カルードが白騎士団を脱退した切欠でもあり、ネヒストなどは未だに心中蟠りを残している。


「男は、その者が龍人族を救うとも言っていた……そして、その身に彫った赤い刺青を我々に見せたのです」

 魔方陣のような赤い刺青を、白騎士団や自警団の何人もが見ている。だがそれが何を印した物か理解できた者はいない。


「しかし、男のあの様子を思い出すに、アヌン・メイダとやらが入れ物に入ると厄介なことになるかと思われますな」

 ネヒストは、それがレニであるなら尚更、とばかりに憮然となり本音を漏らす。

「あのファーナムの龍人族、やはり野放しにすべきではなかったのでは」


 そんなネヒストに、カミュが宥める口調で言う。

「レニスヴァルドは今、バーツ殿と行動を共にしている。また一つ、バーツ殿にお頼みするしかないやも知れぬな」

「……えぇ」

 ネヒストは理性では承知している。

 レニは数少ない、帝国側の協力者であると。


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