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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
241/379

二十四ノ十、半獣半人

 事件ののち、一日置いたその次の日。


 また一つ、動きがあった。

 レイムント隊と黒騎士団は合同で、城外を見回っていた。

 フェンリル等の外敵の侵入口の特定や、外壁の様子、森での異変などである。


――そして見つけた。

 フェンリル一族の巣である。


「巣の中は、全て月魔化していたようです」

 森の狩人を伴った黒騎士団の隊員が、そう報告した。

 セルピコとレイムントが、竜馬に跨ったまま青空の下それを聞いている。


 あの事件の後、月魔竜が消滅して暫くすると竜馬たちは意識を取り戻し、何事もなかったように回復していた。

 レイムント始め、竜族の訓練士たちにもこの一件に仮説でもって答えを出していたが、今はそれを論じる時ではない。


 巡礼服の男が何故、動物やまだらの竜を月魔化したのか――。

 その答えの一つが此処にある。


「フェンリルも確か月魔化して退治されたんですよね」

 レイムントがセルピコに問う。

 実際に退治したのはカルードとネヒストであるが、レイムントはその現場には居なかった。

「そうらしいが……他の狼は此処で死んで、何故フェンリルだけが街に現れたのじゃろうな」


 そこへ、伝令役の隊員が顔を強張らせて走ってきた。

「団長方、巣の方にお越しを……人の遺体です」

 セルピコとレイムントは、顔を見合わせる。



 セルピコとレイムントが、竜馬でもって駆けつける。

 黒騎士団の小隊の居並ぶ先に狼の巣があるが、その周囲は異様に荒されて岩肌まで剥き出しになっていた。


「これは……まるで巣を丸ごと掘り返したかのようじゃな」

「えぇ、全く。月魔同士で殺しあったようですね」

 セルピコとレイムントは竜馬から降りて隊員の案内に従った。


 巣の入り口近くに、まだ真新しい遺体がある。

 その遺体は、巡礼の衣服を身につけていた。

「……四人目、ここに居たか」

 セルピコは沈痛の声音で呟く。


 遺体は月魔化しておらず、狼らしき牙と爪の跡がある。

 そしてその遺品の中には、あの筒状の武器も発見された。

「復讐……でしょうか」

 レイムントはそっと口にする。

――一族を全滅させた巡礼姿の男たち、それを追ってフェンリルは単身街に入って来たのでは?

 そんな筋書きが頭を過ぎる。


「かも知れん」

 セルピコも否定はしなかったが、疑問もある。

「何故、狼なぞ狙ったのじゃろうな」

 報告では、巡礼の男は自分たちを邪魔する者として『フェンリル』という名を挙げた。狼が何をどうやって邪魔するのかはわからないが、そう信じ込んでいた。


 巡礼の男も、セルピコたちも、ましてドロワ市に居た誰もが今一人の『フェンリル』の存在を知らないだろう。


 それは隣町のスドウにて、ノア族のギムトロス・ローティアスが出会った龍人族が名乗った名前である。その者はドロワ市に居た頃、タナトスと名乗っていた。

 巡礼の男が言う銀の髪の者であり、金の瞳の者イシュマイルと遭遇していた。


 だが、誰も知らない。

 事件と人とを繋ぐことは出来ず、セルピコたちの追跡もそこまでとなった。


 その代わりにレイムントたちは幾つかのヒントも得、今後の状況に少しの変化も見出すことになる。

 ともかくも、自警団は混乱と動揺を抱えながらも、平常の任務の一日を過ごす。



――翌々日。

 今度は事件に関わった三団の団長と幹部が、ドロワ聖殿へと召集された。

 オルドラン・グースが祭祀官長に復帰してから、改めての会議は初めてのこと。


 ノルド・ブロス帝国の監視下にあるため、反意を疑われる行動は避けていた。

 表立っては集まることも控えていたのだが、今回は二度目の月魔事件もあって名分が立つ。

 自警団長カルードは、副団長のフェルディナント・サリューとレイムント・ホープを伴い、ドロワ聖殿へと赴いた。


「ほー」と暢気な声を上げたのはレイムント。

 元は竜族の訓練士で庶民であったレイムントは、聖殿の奥の議場にまで入るのは初めての体験だった。

「子供かよ」

 上ばかり見ているレイムントを、フェルディナントは小声でたしなめた。

「だってほらアレ、かなり古いレリーフですよ」

 レイムントは、壁に描かれた動物たちの姿に興味を惹かれた。


「見てください。石舟伝承の序盤だと思われますが、舟から降りてきている人たち、人じゃありませんよ」


 フェルディナンともしぶしぶ上を見上げる。

 石舟伝承では、人がこの大陸に降り立つ最初の場面で、別の大陸から連れてきた数々の動物を従えて降りてくる。

 だが――。

「あの人たち、体は人間なのに頭が動物です。あぁ、その逆もいますね。異形そのものです」

 レイムントの言う通り、描かれている人々は人の姿をしていない。

 加えて異形の人々と並んで歩いている動物たちも、見たことがない奇妙な姿をしている。


「……偶像としての表現じゃねぇの?」

 フェルディナントは現実的な解釈で、興味なさげに言う。

「えぇ? でもこんな姿、他のどこでも見てませんよ。偶像ならもっと日常にもあってよいはずでしょ」

「昔はあったが今は廃れた信仰かも知れん。解釈の違う教えを大衆の目から隠すのも、聖殿の仕事だろ?」

 事実、このレリーフを目にした人々は、多くは気味が悪いと感じる。


「――それは『キメラの行進』というレリーフなんですよ」

 不意に、後ろからカミュの柔かい声が響いた。

 ちょうど到着した白騎士団幹部と団長ツィーゼル・カミュが入って来た所だ。


 次いで黒騎士団幹部と団長アストール・セルピコもやってきて、三団はそれぞれに型通りの挨拶を交した


「キメラって……なんです?」

 レイムントが、小声でカミュに訊ねる。

 先日の月魔事件の際、レイムントはずっとカミュの指揮下で活動していた。他の白騎士団員とも親交を深めており、砕けた会話も出来るようになっていた。


「想像上の生き物だね。異なる種類の動物や魔物を混成させて生み出したものだそうだ」

 カミュはざっくりとした答えを返す。

「初めてこの大陸に辿り着き、石舟から降りた人々を神格化したんじゃないかな? 最初の動物、家畜の始祖もまた祀り上げたのでは、と聞いている。彼の言うとおり、偶像の類だろう」

「ほう、なるほどねぇ」


 暢気そうな二人の会話を耳に、カルードも上を見上げてレリーフを見た。

 半身が獣の人。

 その姿を見、思い出した暗い記憶を振り払うように頭を振り、その場から離れた。


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