二十四ノ九、空ろなる柱
光の円柱は、脈動のように揺れている。
円は一つではない。
円柱の中にさらに同心の円柱が現れては中央の一点に向かい収束していく。
レーダーのような動きだが、これは内側の円柱で地形と対象物をスキャンしている。やがて庭園の泉の位置に月魔竜を確認すると、それを中心に収束して一本の光の線になった。
ふっと、光が消える。
消えたかと思うと、また一瞬だけ現れる。
僅かの間を置き、数度現れては点滅の光で周囲を照らす。
音の無い光の中で、月魔竜が破壊された。光の先に照らされるそばから灰と化す。
最後にもう二秒、光が照射されると月魔竜は跡形も無く灰になる。
終始、無音のままの儀式。
静寂を破ったのは、警戒の解除を促す音である。
先程の空を裂くような咽び音ではなく、いくらか優しい音が旧市街の方々から聞こえてくる。
「……終ったか」
我知らず、安堵の息をつく。
「防護陣ホロウ・カラム……攻撃に使われたのは、初めて見た」
「えぇ。なんとも使いでの悪い代物ですな」
その威力を前に、あっけなくもある顛末に少しばかりの愚痴も言いたくなる。
聖殿の行使する大規模な魔方陣、広域防護陣の一つである。
円筒状の薄い光が外周を取り囲み、生物の出入りは不可能、なおかつ月魔やその毒素の浄化に絶大な効果がある。
輪と呼ばれる街の責任者複数の合意と、高位の祭祀官による儀式が必要とされ、滅多に機構が発動されることはないが、それだけ今回の月魔竜が異例の事態と判断されたのだろう。
聖殿を中心に街を包み込む様は光の壁にも見え、聖殿は慣習的にこれを『空ろなる柱』――ホロウ・カラムと呼んでいる。
本来の使われ方では無いのかも知れない。
カルードはフェルディナントから離れ、旧修道院の敷地へ入っていく。
フェルディナント、ネヒストがあとに続いた。
自警団員らを街路に待機させ、一部の白騎士団のみガードとして付いていく。
瓦礫の隙間から水が滾々と溢れている。
その水に灰が押し流されてゆき、月魔石だけが光っていた。
見守る三人の目の前で、その月魔石はぽっと弾けるように粉々になった。わずかな灰となり、水とともに石畳で揺れている。
「月魔石まで砕くとは……」
カルードはまだ呆然とした口調だ。
「この泉、魔人が創ったとの云われがありましたな」
ネヒストが瓦礫を見つつ呟いた。
美しかった女性像の頭部も、今は粉々である。
「この修道院にはその昔、施療院もあって……そこで清めの水として使われていたとのこと。存外、泉の水の効力もあったのやも知れませんな」
「……それ、天から落ちてきた娘ダヒサの話ですね」
フェルディナントの脳裏に、天界との関わりを示す逸話が思い出させる。
街の歴史と御伽噺が混然と一体化する。
――ある時、ダヒサという名の天界の娘が空から落ちてくる。
天界の娘は地上の穢れの中では生きてゆけない。
そこに魔人、あるいは魔女が現れ地面に盾を突き立てて泉を創る。
泉の水によりダヒサの体の毒は消え、ダヒサは安らかに息を引き取った――。
これが『ダヒサの泉』の伝承である。
天人の言い伝えの一つであり、ドロワでは数少ない魔人伝承でもある。
ことの真偽はともかく、泉の水に何がしかの効力があったとは、この目で見るまでは信じていなかった。
それはイシュマイルが以前話していた、イーステンの森にある聖なる泉の水と似ている。森の泉にも、月魔石の毒素を除く何らかの力があった。
その泉もまた魔人が絡んでいるのだが、その話は後に置く。
「ともかくも、此処はこれで片が付いた。残るは獣の月魔ですな」
ネヒストは声に疲れを滲ませて言う。
肉体の疲労よりも精神的なものだろう、異様な出来事が一日で波状的に起こりすぎた。
「まだあと一人、不審者が行方不明だ」
カルードが言葉少なに言う。
「さすがにもう……勘弁して貰いたいものだ……」
疲れを滲ませるカルードに、フェルディナントは生真面目に言う。
「カルード、その様子ならもう恐慌状態から回復したろう。自警団の指揮権を返してもらうべきだ」
本人なりに、合理的に考えての発言だ。
「――お前……容赦ないな」
これが今のカルードの精一杯の軽口、薄い笑みが自分に向けられるのをフェルディナントは初めて見た。
旧市街の南側ではまだ剣士ルネーが黒騎士団を伴って獣の月魔を退治ていたが、白騎士団と自警団が合力するとそれらも容易く制圧された。
ただ、この時の月魔退治に参加した自警団はレイムント隊のみである。
レイムント隊は最初からずっとカミュの指揮下にあり、前線での混乱を見ていない。白騎士団と共に滞りなく任務をこなした。
だが魔物ハンター達はリーダーであるジエルト・ヒューを欠いたことにより本来の能力が発揮出来ず、残るカルード指揮下の市民兵もやはりショックを引き摺っていた。
何より、当のカルードの憔悴が大きかった。
慌しさの中、人々の感情など置き去ってその忙しい一日は閉じる。
まだ幾つかの問題は残ったままであるが、カミュもセルピコも、まずは自警団の成り行きを見守っている。
自警団員の動揺を肌身に感じて知っていたからだ。
彼らの混乱を把握し助力はしつつも、表向きには事件後の調整と報告のみに徹していた。