表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
238/379

二十四ノ七、月魔竜

 近付いてくるのは、地響きだ。

 揺れを伴って迫ってくる音に混じり、獣の吼えるような声が聞こえる。

――何かの生き物、それも、巨大な!


 重い衝突音が響き、それが旧修道院の壁が崩れる音だと把握した時には、次の壁が崩され瓦礫が庭園へと降り注いだ。

 壁の向こうから切裂くような咆哮が響き、庭園の太い古木が裂ける音を立てて傾いだ。

「これは……ドラゴン・ブレスかっ?」

 日頃から竜馬を扱う白騎士団には、覚えのある音と光景だった。


 二発目のドラゴン・ブレスが放たれると、頭上にある斜塔が崩れ落ちてきた。

 白騎士団は咄嗟に市民兵を庇い、魔物ハンター達は音のする方へと身構えた。


 庭園の向こう――修道院の廃墟の屋根に、肉の塊が現れた。

 現れた直後、その重さに耐えきれず壁が崩れ、屋根ごと無様に落下した。

「竜――にしては、大きい!」

 瘤のような突起と膨らんだ皮膚、そして氷解のような透明の塊。


「あれは――!」

 ネヒストとカルード、そして白騎士団がその姿に反応する。

(あの時の……化物と同じ!)

 カルードはフェルディナントに肩を借り、引き摺られるようにして避難させられていたが、この光景を前に身を震わせた。恐怖からではなく激情からだ。

 フェルディナントは、今にも飛び出しそうなカルードを掴まえているだけで手一杯でいる。


 居並ぶ白騎士団も、かなり冷静さを欠いた状態で肉塊を凝視していた。

 その皮膚は竜馬よりも赤く、わずかにまだらの模様が見て取れる。

――まだらの竜の成れの果てである。

 元の大きさよりも二倍近く全身が膨れ上がっていた。


「はーっはははは! 見ろ! これが証拠だッ! 六つ足は龍族にあらず!」

 狂ったように叫んだのは巡礼服の男である。

 両腕を後ろ手に縛られているため胸を反って叫んでいるが、そうでなければ両手を挙げて喜んでいただろう。


「貴様――貴様が何かしたのか! あれは何だ!」

 白騎士団が男を詰問するが、男はまだら竜を見て嗤っている。

「龍神の恩寵を授けてやったのみよ。その結果があれよ、あの山羊や、白狼しろおおかみどもと同じ末路よ!」


「……月魔、か……!」

 ようやく事態を察し、ネヒストが、カルードが呻く。

 男の自白を信じるならば、今回の月魔の発生が全てこの男の仕業である。

「竜族が……月魔になるなど、ありえん……!」

 聖殿騎士にも、魔物ハンターにも経験のない事態――しかし目の前で起こっている。


 ネヒストが努めて冷静に問う。

「お主! 何ゆえ竜を月魔に変えた。何の目的も無いわけではなかろう」

 男はネヒスト相手には会話に応じる。

「言ったはずだ……我々は龍人の眷属である、と。アヌン・メイダ様が入れ物となり、その救いの対象となるのも赤い髪の龍人族よ」


「アヌン……なんだと?」

 タイレス族にはやや聞き取りの困難な発音である。

 だが男は構わずに続ける。

「我等は視た……入れ物となる者が、アヌン・メイダ様と共にドロワに来たことを。しかしアヌン・メイダ様は去ってしまわれた……ゆえに我等に使命が下された。ビジョンとして……」

 男は何を見るともなく彷徨う瞳で続ける。

「邪魔だてしたもの、この先もするもの……いずれも排除せねばならん……」


「誰かの命を狙うてのことか!」

 ネヒストの問いに、男は他所を向いたままゆっくりと頷く。

「一人は銀の髪、今一人は金の瞳……手掛かりとなる名は『フェンリル』である、と……」

 ネヒストはわずかに反応したが、男はもう独り言のように呟くのみだ。

「何者かはわからぬ……だが銀の髪の者は敵だ。タイレス族も然り。アヌン・メイダ様に仇なす者に相違ない……ゆえに……」

 あとはぶつぶつと低く繰り返している。


「……馬鹿者が……!」

 ネヒストは誰にいうともなく罵倒する。

 男の標的が誰であれ、その方法と結果がこの惨状であるのなら、なんと意味のないことか。

 ネヒストは一度は鞘に収めた剣を抜いた。


「ネヒスト!」

 叫んだのはカルード。

 まだフェルディナントに抱え込まれたままでいる。

(ガレアン殿……)

 ネヒストは、カルードの必死の叫びの意味を理解している。


「『あれ』の対処は承知しており申す。あの時と同じ……それしか手がない」

 そして周囲の顔を見ながら言う。

「自警団は離れられよ、我々は過去に一度遭遇している」

 白騎士団は月魔竜を取り囲むように回り込んで剣を抜き、そうでない者は市民兵と、魔物ハンターをも後ろに下げようとした。


「ネヒスト殿! 月魔の様子が――!」

 注意を促したのはフェルディナント。

 ネヒストらが振り返る間も無く、パキリパキリと何かが砕ける音が響く。


 みれば、月魔竜の背から一対の小ぶりな羽が伸びていく。

 蝙蝠の羽のような、細い骨と薄い皮膜。ただその色は白く、さらに皮膜はガラスのように透けていて、それが開きながら割れて崩れていく。


 月魔竜の体がふわりと浮く。

 巨体が屋根の高さまで浮かび上がるもその羽は殆ど動いておらず、翼の揚力ではなく魔力の類が肉塊を浮揚させているように見える。

「あの竜……飛ぶのか……?」

 誰となく我が目を疑い、呟く。

 見た目は竜馬と同じ土竜に似ているが、まるで違う種族のようだ。


 そして月魔竜はそこから自由落下し、地面にその身を叩き付ける。

 石畳の地が揺れ、巻き起こった突風が白騎士たちを吹き飛ばそうとする。数歩這うようににじり、また浮いた。


 月魔竜は何度も弾みながら、一直線に泉へと進んでいく。

 目指す先に、捕縛されたままの巡礼服の男がいる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ