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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十四ノ四、ジエルト

「どっちだ」

 着くなりカルードは訊ね、魔物ハンター部隊の男は親指でもって泉の方を示した。

 ジエルトは部下の小隊長を集めて話していたが、カルードを見ると同じように指で場所を示した。


 巡礼服の男が、ハンター数人掛かりで地面にうつ伏せに押え込まれていた。

 全身に力を込めているのか真っ赤な顔のままぶつぶつと繰り返していて、カルードは自然とその男に近寄り、何を言っているのかと注視した。


 男は、相変わらず同じ言葉を続けている。


「――様のご命令を完遂する、太陽レミオールが翳りアユラが二度満ちる夜が決行の合図である、我は我等と共にこの静粛なる地を取り戻さんと願う者なり、卑しきタイレス族の亜種に違約の鉄槌と浄化の光そして死の一撃を与えんと欲す、我等が死の皇子の影たる者に血と肉と怒りの器を与えたまえ、我等は新しき標に従う者なり――」


 カルードにも意味がわからなかったが、タイレス族への悪意は理解した。

 また太陽と月については、まさに前回の月魔騒動から数え太陽の欠けた後の二度目の満月の翌日である。唐突に今日なのではなく予定されていた決起、前回から続く行動であると思われた。

 しかし――。

(タイレス族の亜種、とは……? 我等の死の皇子ではなく、皇子の影たる者と言っているのか?)

 『器』そして『新しき標』とは?


 聖殿騎士であったカルードは、これがただの妄想の言葉とは考えない。

 男の言動は支離滅裂だが、その裏側にある何かは本物だ――そう受け取っていた。



――突然。

 ジエルトが呻き、崩れるように片膝を突いた。

 腕を押さえており、それが異様に腫れ上がっているのが袖の上からでもわかる。先ほどの男とのもみ合いで刺された箇所である。

「どうした! まさか……毒かっ?」

「寄るな!」

 駆け寄ろうとする部下のハンターたちを、ジエルトは一喝で制した。


「離れろ……その男、何かの術を使う……ぞ」

 ジエルトは呻きの中から何か訴えている。

「ジエルト! 傷を見せろ!」

「駄目だ!」

 何度も叫んで周囲の助けを拒否し、立ち上がると皆から逃げるように離れた。


 カルードはジエルトと巡礼の男を交互に見たが、男が何か仕掛けているようには見えない。男はずっと同じ調子で焦点の合わない眼のまま呟いているだけだ。


「……その武器だ! その武器に触れるな!」

 そしてさらなる苦悶に振り絞って言う。

「……その武器が……月魔、の……!」

「ジエルト!」

「俺から……離れろっ俺は……っ月、魔だ――!」

 ジエルトは苦しみで体を折り曲げ、その姿は黒い靄に包まれて見えた。

 倒れるまいとしてか両膝を曲げて踏ん張る格好のジエルトの体に、変化は急激に現れた。


 伏せた背中から膨れ上がるりゅう、鱗状に肌がただれたかと思うと青黒く変わっていき、全身が大きく膨らむと同時に獣のような姿に変化していく。

 時間にすれば数秒足らずではあったが、その場に居た者全員が目撃した。


――人が月魔に変わる瞬間を。


 典型的な人型の姿をした月魔は、丸めていた身体を反らし天に向けて大きく口を開く。頬が裂け、尖った歯列と赤い牙がむき出しになった。

 半分ジエルトの姿のまま、その獣は空へ向かって咆哮する。


(いかん! テラーボイスだ――)

 フェルディナントは、ジエルトに駆け寄ろうと正面近くににいた。

 咄嗟に耳を塞ぎ、この初撃を耐えようとする。


 その場に居て両手が使えた者は、皆そうした。出来ない者もせめて両目を強く閉じた。皆に『耳を塞げ』と警告を与える暇もなかった。


 個体が発するとは思えない音量の吠え声が周囲を揺らす。

 耳を塞いでいても、深い遠吠えが地面まで揺らすような衝撃が体に走る。

 テラーボイスはただの大声ではなく、その魔力が音に乗りそれを耳にした者の思考と自由を奪う。


 皆が動きを止めた。

 咆哮の金縛りと眼前の衝撃的な光景が、その場に居た者たちの思考と感覚ごと動きを奪う。


――動けない!


 その時だ。

 月魔の咆哮だけが長く尾を引くこの場所で、誰かの駆ける靴音が乾いて響いた。辛うじて眼だけが動かせる団員らの視界の中、素早い影が過ぎる。

 その影はジエルトに一直線に向かい、真正面からぶつかった。


 カルードである。

 ジエルトの胸――心臓へと剣が一突きに貫いていた。


 この場に即座に反応できたのは、カルードただ一人。

 ジエルトの体は、月魔化してはいたがまだその面影が強く残っていた。

 見開いた両目はまだ人の目であったがカルードを真正面に見据え、そしてもろとも灰となって霧散する。


 カルードの両手に、剣越しに伝わる生々しい人間の感覚。


 両手の力が抜けて、勢いに倒れこむようにしてカルードは両膝をつき、石畳に両手をついた。手から零れ落ちて転がった剣が重い音を立てる。

 足元には月魔石。

 カルードは頭から被った月魔の灰を払うこともなく、呆然と俯いている。

 すぐにでも立ち上がって号令を掛けるべきだったが、カルードはそのまま、ただ荒い息だけをついている。


――逡巡なき瞬殺。

 その一撃の見事さもあって団員らは一時に心を奪われた。

 しかし、その相手はよりによって同じ団員の一人……。

 自警団員の初めての犠牲者は、団長自身の刃によるものだった。


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