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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十四ノ三、花の毒

 巡礼服の男は、ダヒサの泉で自警団に囲まれた。

 逃げ込んでいた廃墟から追い立てられ、庭園の先に見える別棟に逃げ込もうと泉の前を突っ切ったが、無謀であった。


「おい、ジエルト!」

「あぁ」

 ようやく魔物ハンター部隊に追いついたジエルトが、巡礼服の男を目の前にする。ハンター仲間が『見ろよこいつ』とばかりに顎で示す。

(――素人だな)

 個人戦闘に慣れたハンターたちの目には、身構える巡礼男のハッタリは薄いものだった。

「訊くことがある、捕まえろ。殺すなよ!」


 ジエルトの号令で一斉に構えると、巡礼男も突破を試みてか走り出した。

 すかさずハンターの一人がボーラを男の足元目掛けて放つ。


 ボーラは三叉のロープの先に錘の付いた投擲武器である。魔物ハンターや狩人はしばしばこれで獣の動きを止める。

 ロープは見事に巡礼男の両膝に絡まり、男は泉の近くで滑るように転倒した。

「押さえろ!」

 誰かの命令で複数が張り込んだが、なおも巡礼男は手に触れた石礫を投げたり泉の水を跳ね飛ばしたりして抵抗した。


「遊んでんじゃねぇぞ!」

 魔物ハンター達に、若干の油断があったことは否めない。また周囲にいた市民兵たちも魔物ハンター部隊を前に少し引いて様子を見ていた。

 男はローブの胸元から首飾りの鎖を引き出す。そして手の中にペンダントトップを握りこんだ。


 一見すると、観念して祈りを捧げるように見えた。

 わずかに、手の中の塊に宝石のような光る欠片が煌めく。


 巡礼男を押さえようとしていたハンター達と、周囲の自警団員が数メートルにわたって跳ね飛ばされた。

 その後ろにいた団員たちも音を伴う突風のような衝撃と、飛ばされたハンターたちによってなぎ倒された。

 包囲の網が崩れる。


「ただのギミックだ! 油断すんじゃねぇ!」

 ジエルトが飛び出した。

 首飾りに偽装したジェム・ギミックであることを一目で見破る。ジエルトは男を押さえ込むより先に、ペンダントを奪おうと胸倉に掴みかかり、巡礼男ともみ合いになった。

 すぐに他の団員が男を後ろから羽交い絞めにし、引き離す。


 ジエルトはその腕力で握っていた鎖を引きちぎる。

 見ると、花の茎のような意匠の金属台に、実や花などに見立てて宝石が嵌め込まれている。

 やはり、ジェム・ギミックだった。

 ジェムの幾つかが欠けているのは魔力の源として使われ、崩れ落ちたのだろう。

「随分と洒落たジェム・ギミックもあったもんだ」


 攻撃用のジェム・ギミックであるが、本来は護身用の品である。威力は高くなく、数回で使い切ってしまう程度のもの。

 ただジエルトたちが見知っている物に比べれば随分と洗練されている。

「これが敬虔な巡礼が身に付ける品か。どこぞの裕福な夫人か女にでも貰ったか?」

 ジエルトは魔物ハンターらしく罵る。

 巡礼男は答えず、両腕を固められた痛みで顔を強張らながら、不敵な笑みだけを返した。


「ふん」

 ジエルトにはその笑いもハッタリに見える。

 首飾りを放り、その手で巡礼男の握りこんだ右手を掴んだ。

「……小賢しい物を。これも女から貰ったか?」

 男の手には、あの筒のような小ぶりな短剣が握られている。

 よく見れば薄桃色の金属の筒に、刻印で花のような模様がある。先端に薄い刃が無ければ、化粧か何かの道具に見えなくもない。


 魔物ハンターが気付く。

「ジエルト――」

 ジエルトの腕に血が滲んでいる。

「なぁに、ちょっと刺されただけだ。大したこたぁねぇ」

 ジエルトはその短剣も取り上げ、男から離れた所に投げ捨てた。


「取り押さえろ!」

 ジエルトの一言で、男は両手を後ろに、顔を地面に押さえつけられる。団員三人掛かりで圧し掛かり、石畳にうつ伏せるような格好で男は動きを奪われた。

「カルードに報せろ、捕まえたってな」

 市民兵の一人がカルードに知らせに走り、ジエルトは敷地内の団員らに号令をかけ直す。


 不審者は捕縛したが、月魔はまだ完全には討伐されていない。作戦では、それらもこの旧修道院に追い込んで仕留める手筈だ。

 今のところ月魔の大半をルネーが退治しており、魔物ハンター部隊は月魔相手には成果を上げていない。

「ようし、こっからだぜ!」

 誰かがそう叫んで意気を上げた。


 巡礼服の男はというと抑え付けられてなおも抵抗してか、時折低い声を上げている。両手、両足を動かそうと悶えていて、取り押さえている三人も力が抜けずにいる。

 もう何人かが手伝って男を押さえると、今度はぶつぶつと呟き始めた。

 自然と、皆の視線が集まる。


 呟きはタイレス語である。

 だがその内容は祈りとは思えぬ妄想のような言葉で、どこが区切りなのかわからないほど絶え間なく、早口で何度も何度も繰り返された。

 その端々で「――の名のもとに」「――の名において」と繰り返すのだが、そこだけがタイレス族の言葉でないのか、聞き取れない発音である。

 魔物ハンターや市民兵の目には奇怪に映る行動だった。


 そこへ、カルードとフェルディナントが到着した。


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