二十四ノ一、サリュー副団長
第三部 ドロワ・弐
二十四、見えども見えぬ
(カルード……)
フェルディナントは改めて、カルードとその傍らに立つネヒストを見た。
白騎士団の中隊長と、その相談役――いつもの、そしてかつては当たり前だった距離だ。
阿吽の呼吸というものだろうか。
ごく自然に同じ方向を向いて何事か話している様子には様式美のような情景があり、その景色には憧憬すら覚える。
フェルディナントは違和感から我に返った。
(そうじゃないだろう!)
自分への叱咤がよぎる。
(その位置にいるのは……俺じゃないのか?)と――。
自分は自警団の副団長であり、この場合の副団長というのは本来あそこにいるべき役目ではないか。
――何故自分はここで、こんな離れた所から子供のように見ているのか。
フェルディナントの中で、意識がほどけるのが感じられた。
ここの所、ずっと心中でわだかまっていた何か。
傾き始めた午後の空が、その色彩と陰影が、克明に眼に映る。周囲の音と気配が甦ってくると、フェルディナントは思考を取り戻した。
「団長!」
何故かその呼称でカルードを呼んだ。
呼ばれたカルードではなく、ネヒストの方が振り向いた。
「自警団は隊を南に寄せます。宜しいですか」
フェルディナントは数歩進めるとカルードと、ネヒストに伺いを立てる。
ようやくカルードも、フェルディナントが自分に言っていると気付き、顔を見る。
「待て、カミュ団長からの指示を伝える」
ネヒストが代わって応えた。
「ダヒサの泉、ですか」
カルードとネヒスト、そしてフェルディナントは白騎士団の補佐役と伝令を交えて伝達と短い協議を交した。
「中央南はルネー殿と黒騎士団が押さえている。残るは中程度の獣型月魔と思われ、旧修道院にて一気に仕留める算段だ」
「旧修道院……して自警団、魔物ハンター部隊にその役を?」
「恐らくは」
カルードはフェルディナントに視線をやり、それを横目に感じ取ったフェルディナントは周囲に散らばる自警団に向かって片手を上げる。
見える範囲に、魔物ハンターの小隊が三隊居た。
フェルディナントの手振りの命令を受け、ハンターらも手振りで応えると素早く散開して建物の角に消えた。
入れ替わりに市民兵からなる小隊が二隊、それぞれの方向から現れてカルードの元に走って来る。
「ジエルトはどうした?」
カルードはまた先ほどと同じ問いを発した。
「ジエルトの中隊は先程まで施療院前に居ましたから、北から範囲を狭めて来ているはずです」
北側の小道から来た小隊の隊長が、手短に報告する。
「……施療院前。少し東に寄っているか」
フェルディナントが手持ちの隊に手振りで合図を送る。
団を構成する最小人数は、五人一組である。
一組が伝令と視認を兼ねてジエルト中隊へと向かった。
伝令を見送り、フェルディナントはカルードに向き直って言う。
「――団長。俺は一足先に旧修道院に向かいます。団長はジエルト中隊との合流を待ってから来て下さい」
フェルディナントは一方的に言うだけ言うと、カルードを置いて足早に歩いていった。
カルードはそれをただ見ている。
「……なかなか、良い動きですな」
ネヒストが、カルードの顔色を見る。
「ならば我々は自警団の背後をカバーしましょう。……出番は無さそうですが」
「……あぁ」
先ほどから生返事を繰り返すカルードを案じてか、ネヒストが気遣う。
「いかがなされた、いつもの号令が聞けるかと思っていたのですが」
ネヒストは珍しく笑って言うが、カルードは戸惑っていたようだ。
「あいつ」
「なんです?」
「いや、先読みしてくるとは……」
作戦に従い東に詰めていくのは当然として、カルードが想定した小隊を予想と同じ位置に送ったことは意外だった。
加えて――。
「いつもなら、俺の指示を受けてから調整を入れて来るんだが……今のは最初から修正込みだった」
フェルディナントが、自分から魔物ハンターの部隊を主軸に持ってくるのも珍しい。
ネヒストは、当のカルード自身よりもカルードをよく知っている。
「貴方の指示には癖がありますから……。それよりも貴方が飛び出すより前に頭を抑えに来る辺り、よく見ておるようですな」
どういう意味か、とカルードはネヒストを見上げる。
「……私は予想はしても、貴方を止めることはしませんでした」
それが相談役と副団長の役割の差、そうネヒストは笑う。
そこにジエルトの中隊が追いついてきた。
横広がりになっている団員の中から、カルードの姿を見てジエルトが進み出てきた。
ネヒストは、後をジエルトらに譲った。
「では、白騎士団は背後から西をカバーしましょう。のちほど、また――」
白騎士団はカルードをその場に残し、波が引くように路地へと下がっていく。
そのカルードを取り囲むようにして、ジエルト始め自警団が集まってきた。
「なんだ? フェルディナント・サリュー副団長殿のお姿がみえねぇけど?」
ジエルトは相変わらずフェルディナントを煽って笑う。
馴れ馴れしくカルードの肩に腕を置いて絡んだが、カルードはそれも無視してネヒストたちの背を見送っていた。
「……どうしたよ?」
ジエルトは暢気な声音で問い、カルードは振り返った真顔のままで言う。
「遅かったな。どこまで出払ってた?」
珍しいカルードの冗談である。
若干の皮肉も込められていて、ジエルトも失笑する。
「言うねぇ、こっちは右に左に走り回ってたってぇの」
そしていつもの自警団の笑いである。
誰となく互いの背を叩いて移動を促した。まだ残りの月魔と、行方のわからない巡礼の捕り物は終っていない。
ただこの一瞬の砕けた空気が、彼ら自警団らしさでもある。