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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十三ノ九、その白き者

 黒騎士団の詰め所では、団長セルピコと白騎士団の団長カミュが合流していた。

「北側の包囲も、白騎士団に任せたいが良いか?」

 顔を見るなり、セルピコがカミュに問うた。

「それは構いませんが……貴方がたは?」

「黒騎士団はすでに南と西の端を押さえとる。そこから包囲を狭めていく方が良いかと思うてな」

「では、包囲の只中を自警団に?」

「その算段じゃ」


 セルピコは、壁に貼られた旧市街区の絵図で指し示す。

「ふと思い出しての。南端は入り組んでおるが、この辺りはそうでない。捕り物に丁度良い広場があったろう」

「! ……その場所は旧修道院があった……確か、ダヒサ」

 カミュも思い出して、絵図に近寄り一箇所を指差した。

 旧市街の中央辺り。

 カルード達が今居る場所からも近い。


 そこはかつては修道院として使用されていた場所で、絵図にはまだ修道院の絵と印が描かれている。施設が同じ旧市街の北側に移転し、幾つかの建物は取り壊されていた。

「今は城主セリオ殿の私有地として管理されているはず」

 カミュの言うとおりセリオ・リーデルス=ドロワの名義となって封鎖されていた為、整備こそされていたが空白地のままだった。


「そこよ」

 セルピコは指を立てる。

「自警団が取り逃がしたという不審な巡礼服の男……その姿ならば、聖殿関連のいずれかの施設を狙って逃げ込む可能性があるじゃろう」

「しかしダヒサでは、我々聖殿騎士も立ち入りを憚られますが」

「そのための自警団よ。セリオ殿手持ちの私兵団じゃからの」

「……なるほど」

 セルピコらしい詭弁に、カミュは素直に頷いた。


「ダヒサならば四方向から追い立てやすく、我等の繋ぎも取り易い」

 元が修道院であったため旧市街に不案内な者でも往来を把握でき、かつ一度中に入り込むと高い外壁が逃げ場を塞ぐ。

「白狼を追い込むにも程良い広さですしね」


 修道院跡の敷地は広く、礎石は古い時代のもので今も美しい石畳がそのままだった。庭園とそこにあった泉のみが昔と変わらず存在している。

 そのため市民からは旧修道院ではなく『ダヒサの泉』と呼ばれている。


 カミュは故意にとダヒサ泉の周囲を手薄にするよう手配した。そしてその旨をカルードやネヒスト、現場に散っている部隊にも報せる。


「ダヒサの泉……」

 誰かがその名を呟き、続きは言わずに飲み込んだ。

 見た目には美しい女性像のある泉だが、その謂われはあまり良いものではない。僅かに心に過ぎった暝い伝承を、今は口にすべきではない。


 偶然か、必然か。

 傷ついたまだらの竜が隠されている屋敷もその近くにあった。


 旧修道院の周囲は、旧市街にあってかつての一等地でもある。

 今は商人の屋敷や邸宅があり、細々とした民家や工房が少ない場所でもある。

 セルピコが捕り物に良いとしたのもその為だ。住人の避難さえ済ませておけば、他の狭い路地よりはやりやすいと思われた。


 不審な巡礼の男が発見されたのも此処で、自警団らが周囲を押さえてもいるから逃げ場はないはず――捜し出すのも時間の問題だと思われた。



 果たして――。

 血糊ついた巡礼服を着た、不審な男は独り路地から路地へと逃げ続けていた。

 自分を追ってくるのはドロワ市の聖殿騎士団だと思っていたが、先ほどから目にするのは、どう見ても民兵の類に見える。

 双方の追跡を逃れて進んでいくが、それがとある場所へと誘導されているとは気付いていなかった。


 その一方で、白い巨大な狼、フェンリルが狙っているのも自分だと理解している。

 腕には先ほどフェンリルに噛み付かれた時の傷がある。血の匂いを辿ってくるかも知れない。激痛で朦朧とするが、それを杜撰に布で包んで隠しているだけだ。


「フェンリルめ……どこまで我等の邪魔をする『者』か」

 男が恨みながら空を仰いだ時、狭い家屋の隙間から旧修道院の尖塔が目に入った。そこがとうに封鎖されていると知ってか知らずか、巡礼服の男はセルピコの狙い通りに動いた。

 セルピコたちには計算の上でも、男にとっては一つ一つが啓示だと思われた。



――白狼フェンリル。

 男が旧修道院の西側路地を進んでいた頃、白狼フェンリルは真逆の東側の街路にいた。

 一度は新市街に向かってかなり東に逃げ進んでいたのだが、ネヒストたち白騎士団に追われて戻って来つつあった。


 そして。

 旧修道院から離れた街路で、ついに自警団の待ち受ける包囲網にかかった。

「追い立てろ!」

 団員たちが口々に叫ぶ中、巨大な白狼は鉤棒を躱し道をすり抜けながら走り回った。


 団員たちはこの時、フェンリルの首元に赤く染まる血の跡を見ていた。

 それは巡礼服の男に不可思議な短刀で付けられた傷で、そのためか動きが鈍くなりつつある。判断力も鈍ったのか、人に追われるままに下町のある広場へと向かっていた。


「カルード! フェンリルがこっちに来る!」

 報告を受けてフェルディナントがカルードに大声で報せる。

「……駄目か」

 カルードが悔しげに呟きながら、腰に佩いた剣を握った。

 カルード達自警団は、扇状に小路の集まる広場で待ち受けていた。古い町並みの常で、幾つかの出口を塞いでしまえば簡単に袋小路を作ることが出来る。

 あとはどの道からフェンリルが入ってくるか、それだけだった。


 しかし。

 今周囲に居る団員たちは皆、市民兵。

 それぞれが持ち場に付き、家屋の隙間を塞ぎ投網を仕掛け射手を用意して待ち構えていたが、カルードはそれでは無理だと判断していた。


 魔物ハンター部隊を待つか、いっそ白騎士団に任せたかったがこうなっては間に合わない。この上は自分で――そうカルードが思った時、小路の向こうから白騎士団が現れた。


「団長!」

 白騎士団の中から誰かの声が響いたが、カルードは視線の先にネヒストの姿を確認した。フェンリルを追いつつ自警団との合流に向かっていた白騎士団の左中隊だ。


 フェンリルが現れるより一瞬早く、到着した白騎士団により封鎖が完了し袋小路に飛び込んできたフェンリルを追い詰めた。


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