三ノ二、レアム・レアド
――再び北側のドロワの黒騎士団。
周囲に断続的な落雷が続いていた。突然木に落ち、あるいは目の前の地面に落ちた。
「ひるむな! ただの術だ!」
団長セルピコが珍しく声を張り上げると、混乱していた兵たちは気合を入れられたかのように我に返り、また弓を番えた。
レアム・レアドは数歩歩み出て、一段低い城壁へとふわりと降りた。その全身は雷光に包まれていて、容姿も定かではない。
レアム・レアドは片手を挙げ、空中を指差した。
雷光の塊が密度を上げ、その中から槍が現れた。それは、数本の光の槍。
――雷光槍はその時々に形を変える。
レアムは複数の雷光槍を、何の苦も無く扱う。
そして、無言のままドロワ騎士団を指差した。
ゆっくりと光の槍が向きを変える。
やがて狙いを定めてか、ぴたりと動きが止まる。
光の槍は、一斉に空を飛んだ。
ドロワのカタパルトが、次々と爆音を立てた。
炎を吹き上げるものもあれば、一撃で破壊されたものもある。騎士団が爆発の衝撃から立ち直る前に、やぐらや高梁車が片端から攻撃を受けた。
事態に気付いた兵長が後方に叫んだ。
「いかん! 砲兵、下がれ!」
けれど言葉が届く前に、後方の火薬庫にも巨大な雷の槍が突き刺さった。炎は誘爆し、たちまち黒煙が上がる。
レアム・レアドはさらに前に出てきた。十メートル以上あろうかという城壁の上からひらりと飛び、門の前へと降り立った。
そして橋の方へと歩いてくる。
セルピコは、その時初めてレアム・レアドを見た。
距離はあったが赤くたなびく何かが見えた。それが腰ほどまで届く長い髪だとはセルピコは気付かず、噂に聞くサドル・ノア族の赤い布を腰に巻いているという話が本当だったと思った程度だ。
ドロワの弓兵は、果敢に橋に向かって矢を射ったが、不思議とレアム・レアドには届かない。
レアム・レアドが片手で払うような仕草をすると、空中に波紋のような光が揺らめいた。矢はそれに触れた瞬間に焼け焦げて消滅し、そうでないものはぱらぱらと橋の上に落ちた。
再びレアム・レアドが騎士団を指差す。
今度は複数の落雷がドロワ騎士団を襲った。白い光の柱は雷雲と地面を繋いだかのようで、落雷は数秒間断続的に地面に落ち続け、地表面を這い広がった。
直撃を免れた兵もその光線と爆音の衝撃、そして全身の麻痺を受けて地面に倒れ伏した。
やがて轟音が静まり、ドヴァン砦の弓兵たちは残党を威嚇せんと弓を構える。しかし、起き上がってくる敵兵はいなかった。
――南側のファーナム第三騎士団。
「何事だ!」
ジグラッドが叫んだ。
あたりは砂煙と、北から流れてきた黒煙とで視界が悪くなっている。ドロワ騎士団のいる辺りで、しきりに落雷が続いている。
「状況、わかりません! レアム・レアドによる反撃かと!」
別の兵がジグラッドの元へと駆けつける。
「ドロワ騎士団からの伝令が途絶えましたっ」
ジグラッドはすぐに偵察に向かわせたが、二つの軍団の距離はそれほど離れていないのだ。
「こ、これ程とは……」
ジグラッドは煙とも雷雲ともつかぬ、黒いもやに閉ざされた北側を見て呟いた。
その時、背後から竜馬の駆ける音が近付いてきた。砂煙と共に二十騎ほどの竜騎兵が現れた。
先頭にいたアーカンスが叫ぶ。
「団長! 遊撃隊、到着致しました!」
「ジグラッド!」
バーツが名を呼ぶと、ジグラッドは怒鳴った。
「遅いぞバーツ! 北側の攻めが崩れた! 門を狙え!」
「はっ!」
バーツは竜馬を返して、駆け出した。
ジグラッドはアーカンスに向き直る。
「お前たちは下手から寄って援護しろ。バーツを頼むぞ。」
「お任せを!」
アーカンスは背後の遊撃隊に「行くぞ!」と叫び、バーツの後を追う。
この時点で、ファーナム騎士団はかなり散開した状態だった。
団長ジグラッド・コルネスは、ニ個中隊を率いて北寄りに移動した。ドロワ騎士団のカバーに回るためだ。
バーツたち遊撃隊は橋の正面に構え、のこる中隊二隊は遊撃隊の近くにあり、南側の塔を囲むようにして広く横に伸びていた。
バーツが橋の前、門を見通せる位置に着いた時、その門前に二十人程度の敵小隊が待機しているのが見えた。
コート姿の小隊は弓兵のように見えたが、弓を番える様子はない。彼らは筒のようなものを掲げている。
ファーナムにも『竜筒』という似たような武器はあるが、構えている姿勢などはまるで様子が違う。
「……?」
バーツは気付いた。
その小隊を率いているリーダーが、ガーディアンに近い波長を放っていることに。 だがガーディアンではない。