二十三ノ八、からかぜ
カルードとフェルディナントは、その後もセルピコに説明を受けながら随行していたが、途中の通りで別れて旧市街地の南西部へと入っていった。
セルピコたち黒騎士団の面子がその背を見送る。
この先は古い町並みの入り乱れた旧市街の中でも、特に複雑な場所である。そこに住み慣れた住人でもなければまず道を探せない。
「して、我らはどう動きますか?」
黒騎士団の一人がセルピコに問う。
声音には若干の棘がある。
旧市街は元々自分たちの任地であり、住居いもある。自警団の市民兵たちの多くが顔見知りで、守る対象でもあった。
素人同然の彼らを前に出し、安全な後ろに下がれと命じられて納得がいくはずもない。
「そう逸るでない」
セルピコは鷹揚に肩を回しつつ答える。
「縄張りを無くすのも今後の大きな課題よ……」
「今回は地理的に不利な白騎士団が蚊帳外じゃが儂らは違う。自警団が追い立て白騎士団が炙り出した獲物を確実に獲るのが儂らの役目じゃよ。市民を守りながらな」
「しかし、それならば――」
「なんじゃ、貧乏くじが不満か? 今に始まったことでもあるまい。儂らは常に後ろに居る、ただし――鉄壁としてな」
セルピコが部下を諭していると、道の向こうから白騎士団の小隊二隊が走ってくるのが見えた。
「見てみい、お上品な白鳥も泡食って奔るのが今日のドロワよ」
白騎士団の小隊は、連絡部隊としてカミュが放った者たちである。
カミュはすでに黒騎士団の詰め所に到着しており、事前の打ち合わせ通りに部下を配置し直していた。
一隊はセルピコと合流し、もう一隊はカルードの居場所を確認してそちらへとさらに走っていった。
連絡部隊がカルードたちに合流する頃、カミュが放ったもう一隊の白騎士団がカルードたち自警団と合流すべく向かっていた。
ツグルス・ネヒスト率いる左中隊である。
中隊の規模としてはかつての第七中隊の倍ほど、しかしすでに白狼フェンリルが東方向に逃げてきていると報告を受けていたため、部隊を広げて網を張りながら西進して来ていた。
上手くいけば自警団との合流前にフェンリルを捕獲出来るか、最悪でも囲い込んでカルードと挟み撃ちに出来るだろう。だが市民兵にはなるべく敵と対峙させたくはない。
「見つけました、三ブロック先。西に逃げ戻って行ったと」
「急ごう」
ネヒストは言葉は少ないが、部下たちはその心中をよく把握している。左中隊員の中には第七中隊からの馴染みも多くいて、そのやり方も熟知していた。
不案内な地形だけに一点を狙って捕らえることは難しい。だが西には確実に自警団と魔物ハンターがいて、黒騎士団も北と南の二方向から旧市街に入っている。
消極的ながら、自分たちより東には逃さない気迫でフェンリルを、月魔を、不審な巡礼を追っていた。
――一方のカルードたち。
先ほど合流した連絡部隊と繋ぎを取り、白騎士団が東から、黒騎士団が北を押さえてこの旧市街南部を封鎖したと把握している。
このまま南西に向かってさらに包囲を縮めていく手筈だが、ここにきてフェンリルがまだ自分たちより東側に居るらしい。
ちょうどこちらに向かっているネヒストと、自分たちの間に居るはずなのだが、両者は互いに互いの位置すら把握していなかった。
「東側にも物見部隊を」
そうカルードに薦めたのはフェルディナントだ。
白騎士団は旧市街の地理に疎い。カミュの本隊が東の出口を押さえているが、旧市街に踏み入れるとなると完璧は期待出来ない。現状維持が好ましい。
何より市民兵は不慣れな戦闘よりもその足を生かして見張りと報告に徹した方が良いとも考えた。
「市民兵を徘徊させて敵の動きを誘導出来る。俺たちの所に来るよう仕向けよう」
フェルディナントは語気を強めてカルードに言う。
カルードは頷いて承諾はしたが、別のことを確認した。
「魔物ハンター部隊の動きは? ジエルトはまだ掴まらんか?」
「……」
ジエルトの名を聞き、フェルディナントは少なからず不快を顔に表した。
この場にあってまだカルードが戦力として計算するのはジエルト・ヒューの方。それにはフェルディナントも納得はしている。
今ここに現れるとしたら白狼フェンリルか、恐ろしい月魔か、未知の不審者か。もしくはそれらが合わさって襲ってくるのか。
いずれにしても、まともに戦えるのはカルードだけだろう。フェルディナント始めこの場にいる市民兵にまだ十分な技術はない。
今の自警団にあって、実戦で頼れるのは魔物ハンターたちの戦闘技能。それはフェルディナント自身が先ほどセルピコを説得した時にも期待したことだ。
けれどそれをカルード自身の口から告げられること、お前は非力だと自覚させられることに、不快感以上の衝撃があった。
「……先ほど向かわせたから、まもなく各部隊からの報告もくるだろう」
フェルディナントは低く答え、ふいっと横を向いた。
カルードから離れ、手持ちの小隊と白騎士団の連絡小隊に指示を与える。
ここから離れて移動した方が良いとも思われたが、今し方この位置に居ると報せたばかりだ。
(窮屈だ……)
フェルディナントは我知らず、うなじに手をやる。冷たい風を感じたからだ。
時刻はすでに午後の三時を回っている。
まだ昼の陽射しだが、この頃から少しずつ傾き始める時間でもある。
「静かだな」
呟いたのはカルードである。
旧市街のいつもの喧騒が今日はない。
まして前回の月魔騒動の時と違い、叫び声の一つもない。
嫌な静けさだ。