二十三ノ七、彼(か)の指先に
「これは、セルピコ殿!」
声を上げたのはカルードである。
ここは旧市街の南西に向かう古い街路の交差地。
自警団は月魔の群れを追う形で進んでおり、カルード達幹部は彼らとの繋ぎ待ってまだここに居た。
「おう、やはりここに居たか。思うたよりは探したぞ」
セルピコは供の小隊を連れただけの身軽さで、詰め所に戻る道すがらカルードと合流した。
「黒騎士団の面目躍如じゃな、お主よりは旧市街を把握しておるぞ」
セルピコはカルードの居場所を当てたと自慢げに笑う。
「……あの、何ゆえにこちらに?」
「うむ、そうじゃな。自警団の助っ人をと気軽に出てきたが、どうやらそんな事態でもないようでな」
セルピコはカルードを促して言う。
「儂はこれから黒騎士団の詰め所に戻る所じゃが、白騎士団のカミュもそちらに向かっておるそうじゃ。自警団も加わってくれんか」
「……と、仰ると?」
カルードたち自警団には、まだ街全体の様子は伝えられていない。
「理由はわからんが、全ての竜騎兵が使えん。相手は予測のつかぬ動物と月魔、加えて場所が入り組んだ旧市街ときた」
「えぇ」
「カミュの奴からの提案よ。この上は三団合同での作戦、実地で詰めてみようかの」
セルピコはカルードを促して歩きだし、フェルディナントはその様子を覗いながら少し後ろで聞いている。黒騎士団の小隊も彼らの後に続いた。
「時に、それは何じゃ?」
セルピコが、カルードの持つ鉤棒を顎で指し示す。
「あぁ、これは……。狼が紛れ込んだとのことで、捕り物を」
セルピコは「あぁ」と大袈裟な仕草で手を広げる。
「並みのものなら良かろうが相手はあのフェンリルじゃ。加えて数を増やしつつある月魔。民兵はそれで良いが、お主はいかん」
セルピコは、カルードの腰に佩いた剣を指差して促す。
「カルードよ」
「は」
「お前は自警団の指揮権を預け、ピオニーズと共に月魔討伐に当たってくれんか」
「……師匠と? しかし、それでは」
効率を考えれば妥当な選択ではあるが、カルードは即答せずにいる。
「レイムントの竜騎兵はドロワ城に戻っておるが、白騎士団に預けようと思う。残りの市民兵は儂に預けてくれんか」
実質、自警団を割れと言っている。
「……どういうことでしょう?」
事態を把握していないカルードは訊ねる口調でセルピコを見る。
すでに宿屋の夫婦の件で、セルピコに振り回された後だからだ。
対するセルピコはそのことは忘れているようだ。
いつもよりは気さくな口調で一つ一つの事件を上げていく。
――壁から入り込んだ白狼フェンリル。
オアゼ商会の動物小屋から発生し、なお数を増やしつつある月魔。
宿屋にいた不審な巡礼。
行動不能になった竜騎兵部隊――。
「儂は、これらの騒動は一本の糸に繋がったものじゃと見ている」
以前のセルピコは、寡黙と強面で知られていた老将だった。しかし月魔事件以降はこうして若い者に語って聞かせる機会が増えた。
セルピコはもともと饒舌とまではいかないまでも口下手ではない。ただ評議会や貴族社会との折り合いが悪く、黒騎士団への締め付けが彼を無口にさせていただけだ。
今は、違う。
不安定なドロワ市の情勢の只中にあって、少なくない責任を負っている。
また自警団の活動や育成に助力することも、自身の役目だと感じている。
団長カルードが過去に、直接自分の部下では無かっただけにカミュよりは気軽に接することが出来るからだ。
カルードが親友ピオニーズ・ルネーの弟子でもあるから、友の孫を見るような感覚でもある。
「詳細はカミュらと情報を突き合せねばならんが、儂はお主にまで詰め所に篭れとは言わん。今必要なのはお主ら師弟の剣だからだ」
セルピコの計算では、カルードは自警団から離れて別個に月魔を叩いた方が、騒動の収束は早くなる。
そして、より下町の地理に詳しい市民兵を直に掌握して事に当たりたい。
カルードも、以前の自分――ヘイスティングならば、その方が動きやすいと判断しただろう。
カルードは答えず、しかしその案で考えている風だった。
「――お待ちを」
セルピコとカルードの話を、フェルディナントが遮った。
フェルディナントは一歩進み出で、カルードを背に割って入る形でセルピコに談判する。
「すでに魔物ハンター部隊が各個に散ってそれぞれの判断で活動中です。……お恥ずかしながら、彼らを統率出来るのはカルードだけ。カルードの単独行動は指揮系を混乱させるだけです」
「……フェルディナント」
「自警団の軍団長はカルード。それを示す機会でもありますから、どうか」
フェルディナントはカルード本人を無視して直接セルピコに訴えた。
「むぅ、確かに」
対するセルピコもそれを言われては頷くしかない。
フェルディナントのいう通り、魔物ハンターは誰の命令も受け付けない。
彼らを纏めることが出来るのは魔物ハンター部隊長のジエルト・ヒューだけで、そのジエルトと他の市民兵の両方を動かすことが出来るのは団長カルードだけだ。
カルードが実戦で魔物ハンター部隊を使う、またとない機会でもある。
目先の混乱を収めるか、後の混沌を見据えるか。
セルピコ自身の経験からくる自信と豪胆さが、リスクを度外視する選択をさせた。
「ならばこうせぬか」
セルピコはすぐに絵図を描き直した。
「魔物ハンターの隊を軸に、自警団と黒騎士団を前に出そう。カルード、お主は今まで通り前線で指揮をとってくれれば良い。儂とカミュが後方から全体に指示を出す」
「なるほど……して白騎士団とレイムント隊は支援、と」
カルードに自由に指揮を取らせ、聖殿騎士団はそれを注視して動く構図となる。
「左様。それとルネーの奴は借りるぞ、儂の小隊と共に直接月魔を叩いて貰う」
「わかりました」
カルードはその身に感じる重圧を抑えて承諾した。