表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
225/379

二十三ノ四、短刀

「何かが、おかしい」

 黒騎士団の厩舎でも、同じことが起こっていた。

 かなりの数の竜馬が倒れ、そうでないものはぐったりとうずくまっている。


 セルピコも未だ厩舎に居て異変の起こった竜馬を見ていたが、不意にあることに思い当たる。

「もしや、帝国からの竜馬ではないか?」


「異変を起こしているのはどちらの竜馬だ! 帝国か? 連合か!」

 もしや帝国側が仕組んだことではないか、そう考えた。

「い、いえ……両方、です」

 混線する報告をチェックし直しながら、補佐官が答える。

「むしろ連合産の竜馬の方が、昏倒している数が多いですね」

 訓練士、そして獣医が厩舎に到着し、竜馬を看ている。


「例の、感覚共有とかいうものでしょうか」

 竜馬たちの様子というのは、人間でいうなら集団ヒステリーのような反応だ。

「伝播したと?」

 以前レニに聞いた感覚共有の話、それにしては反応が大きいようにも思える。


 レイムントはこれを共鳴連鎖と呼ばれる状態かと考えたが、この場にいる帝国の訓練士たちはそれを口にはしなかった。


「セルピコ団長。ともかくも、竜馬抜きで出ましょう。旧市街で白い狼らしき獣が目撃されたとのこと」

「白い狼……。フェンリルとかいう、あれか」

 噂に聞くところによると中々手ごわい狼のボスだという話だ。


「セルピコ団長。それとは別の報告ですが、飼育小屋で不審な男を見たという通報があります」

「ほう。ようやく不審者が見つかったか」

 連想するのは自警団から知らされた四人の巡礼者の件である。


「なんでも、子山羊を短刀で刺したとか。家主に見つかってすぐに逃げたそうなので、家畜泥棒かも知れませんが」

「先程の、家畜や動物がどうやってか外に出て逃げ回っている件でしたかな」


 方々から報告が次々に上がってくるが、ほとんどか動物に関するものだ。

「……何が起こっとるんじゃ……」

 セルピコも難しい表情になる。


 黒騎士団は、自警団への応援を増やす一方で、不審者に関する通報の裏を取るため一隊を向かわせた。

 とはいえ、黒騎士団の厩舎からそう離れておらず、彼らはすぐに到着した。


 オアゼ商会の飼育小屋は、旧市街の北部にある。

 飼育小屋などが辺りに多く集まっているが自然の緑が多く残り、南部の過密具合と比べると随分と見晴らしは良い。城壁の向こうの山々が道行く人にも開放感を加え、旧市街の中でも美観とされる。


 黒騎士団の一隊が、不審者が見られたという飼育小屋に行くと、すでに自警団が到着していた。

「や? 魔物ハンターたちか」

 黒騎士団の問いに、自警団側からも一人進み出て応える。

「黒騎士団か。俺は自警団、ハンター部隊のジエルト・ヒューだ」

 ジエルトは、数名の補佐を連れているだけだ。


 黒騎士団の騎士がジエルトに問う。

「ここは確か、忍び込んで子山羊を刺した不審者が居たと聞いたが」

「不審者?」

 黒騎士団の言葉に、ジエルトたちは訝しげな顔をする。

「その不審者と、件の滞在していた巡礼とやらの関連を調べに来たところだ」

「ほう」

 ジエルトには未知の情報だった。


「どうやら、ちょっと下町に出ている間に何事かあったようだな。俺たちは警邏中に月魔の通報を受けて駆けつけたばかりだ」

 ジエルトは、カルード達とは入れ違いになっていたため、宿屋での経緯など詳しくは知らない。


「俺たちが聞いたのは山羊が七頭、月魔化したって話だぜ?」

「月魔だと?」

 驚きの度合いでは黒騎士団の方が強かった。

 かなり情報が錯綜している。


「月魔七体は、すでにハンター部隊が追ってる。俺たちはここで調査をしてたところだ」

「……む。では、何か詳細が?」

「こっちだ」

 ジエルトは黒騎士団を伴い、飼育小屋の中に戻る。

 内部は動物小屋特有の臭気の他に、屠殺場のような血と臓腑の臭いが漂う。


「此処は子供の山羊が隔離されていた場所。数匹がここで死んでる」

 敷き藁には無残にも大量の血が染みている。

「……死体は? 七体の月魔にやられたのか?」

「死体は、無かった。残っていたのは、灰と月魔石だけさ」

「……月魔石」

 着いたばかりの黒騎士団は状況が掴めない。


「血糊のある敷き藁と無い敷き藁がある。月魔化した個体と、それにやられた個体がいると見た」

「……家主は?」

「俺は会ってない。今頃は、施療院のベッドの上だろうさ」

 ジエルトは、部屋の中を奥へと進む。


 成体の山羊がいたらしき場所は、内側から破壊されている。

「ここから逃げたのか……」

 黒騎士団は、山羊とは思えない破壊力を前に呟く。

「ここで何が起こったのかは、大体察しが付いてる。自然発生する月魔と同じプロセスだな」

「どんな風だ?」


「最初の一体が、理由はともかく月魔化したとする。自然の状態だと巣穴なんかでこれが起こると、巣の中全体に魔素の影響が及ぶ」

「……全部が変化するのか?」

「それもあるが――狭い巣穴だと、まず起こるのが共食い……殺し合いさ」

 黒騎士団は、血糊の意味を知って戦慄する。

「人型の月魔にはあまり見られないんだが、動物由来だとままあることだ」


「狭い場所や互いの距離が近いと、月魔同士でも攻撃し合い、噛み付き合い、消滅させ合う。残されてる灰と月魔石は、たぶんそうやって出来たものだ」

「より弱い子山羊由来の方が潰されたわけか……」

「そうだな」

 飼育小屋の中は、月魔が連鎖的に発生する条件を揃えていた。


 壁に深く残された蹄の跡を辿りつつ、ジエルトは言う。

「問題は、だ……最初の一匹がどうやって月魔化したか、だ」

「我々が受けた通報は、不審な男が侵入し子山羊を短刀で刺した、とのみ。関係あるだろうか」

「……短刀?」

「詳細は家主にもう一度訊くしかないが……何かわかりそうか?」

「いや」

 ジエルトは、首を横に振った。


 不審な男が子山羊を刺した現場を見たのは家主であるが、それを追って飛び出したのは家の者である。結局取り逃がし、その足で黒騎士団に通報した。

 だが月魔が発生して家主を襲い、七体の月魔が町に現れるまでの空白は謎だ。


 ジエルトは一先ず、飼育小屋を離れる。

「俺は施療院に行って、その家主とやらに話を聞いてこよう。月魔石と灰の方は、黒騎士団に頼む」

「了解した」

 家主と家人が不在になったこの小屋を、黒騎士団が封鎖する。見張りを兼ねて留守を守るのも黒騎士団だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ