二十三ノ二、はじまりのうた
「あの六人の剣士の話を……聞きたいのでしょ?」
ディアヌは、カミュにはやや素直に聴取に応じる気になったようだ。
「あぁ。頼むよ。どんな小さなことでもいい」
ディアヌは思い出そうとしてか、思案顔のままその場でくるりとターンをきめる。慣れた足捌である。
「……そう、アイコンだわ。正方形のアイコンを持ってた」
「アイコン……? 聖板か」
アイコンは祈りの際に使うプレートであるが、ディアヌが見たのはその簡易版、お守りとして身につけるものだ。
携帯用の小さい物を腰の帯などに付けたり、もっと簡素に衣類に図形を縫込むこともある。
シンプルな図形ほどその象徴とするものは多く、意味は大きい。
「エルシオンの信徒の巡礼なら、円形のアイコンを持つものでしょ? でも六人のは真四角だったの。随分と古い宗派なんだなって思ったわ」
ディアヌは足を止め、レリーフの壁を真正面に見上げる。
「それで……あの部屋にいた一人が、六人の誰かに話しかけて……。その人も、四角いアイコンを持ってたわ」
剣が残されていた部屋の客である。
「その者も仲間のようだった?」
「……いいえ」
「たぶん、違う。言い争っていたもの。何を言ってたのかは聞いてないけど」
「正方形のアイコン、か……」
カミュはさらに話を聞こうとしてか、窓側のソファに腰を下ろす。
自然と正面のエルシオン絵画に目が留まり、そのままレリーフにも視線が行く。
「正方形のアイコンは、石舟伝承を象徴する。それと同時に――」
「龍族への敬意、でしょ?」
ディアヌが言葉を繋ぐ。
「ノルド・ブロスから来たタイレス族のお客様に聞いたことがあるわ。正方形は、龍族の象徴だって」
「どうして、どちらも正方形なの?」
ディアヌの素朴な質問に、カミュは壁のレリーフを指差す。
「石舟伝承の序『はじまりのうた』――それがこのレリーフであり、この形を神聖視するからだよ」
ディアヌは改めて石版のレリーフを見上げる。
「はじまりのひと……石の舟にのりかの地へと現れ――」
ディアヌは幼い頃に習った発音で読み上げる。
『始まりの人 石の舟に乗り かの地へ 現れる
――満天の星と 漆黒の海の闇より 現れる』
『始まりの人 太陽と月を見 家を作る 永らくそこに住まう
――十二の天宮に習い 十二の楔を打つ これ大陸の始まり』
ディアヌの声が、白い回廊に響く。
流暢ではなく所々違っているが、カミュは何も言わず聞いている。
『始まりの人 大陸に降り立ち 龍の一族と言葉を交わす
――互いを友とし 龍の大陸と名付ける』
『龍の大陸にて最初の人 生まれる 大地の人となる
――やがて大地の人は 三柱の龍と共に 龍の巣を離れる』
『三柱の龍と大地の人は それぞれの方角に家を作り
――森を作り 動物を作る 全ての物に名を与える』
ディアヌは読みながら、何度か首を傾げた。
子供の頃には気付かなかったが、この詩には色々とおかしな所がある。
『新たなる人々 生まれる 一人の名を受け継ぐ子らは
――唄を失う代わりに力強き歩みを得 大陸の隅々まで行き渡る』
『三柱は眠り 三人の人々は互いに互いの手を取り合わない
――一人は土を 一人は闇を 一人は光を見つめて 祈ることとなる』
「……」
ディアヌは一通り読み上げたが、不思議そうに石版を見上げている。
「なんだか……私の知ってる石舟の話とは所々違うわ。文章もたどたどしいし」
「そうだね」
カミュも否定はしない。
「これは『はじまりのうた』の直訳の一つ。かなり言葉足らずに感じるが、余計な装飾や補足を省いてある。この手合いの文言は大抵このようなものだ」
「もっとはっきり書けばいいのに」
「そうだね……この訳文は、八行あるオリジナルに対して七つしか書かれていない。元々完成はしてないのだよ」
「どうして?」
カミュは言葉に迷ったか、両手の指でもって四角を作って言う。
「この詩は、正方形の中に掘り込まれた文様で成り立っている。そしてこれは正位置と呼ばれる角度から読んだ文だ」
「……正位置?」
「オリジナルの正方形では、読む方向によって違う古文字が浮き上がると言われている。そのうち、特に文章として成り立つのが正位置と逆位置だ」
「へぇ。そんな仕掛けがあるんだ」
「エルシオン、特に石舟伝承にはそういうカラクリ図形が多いんだよ」
「へー」
ディアヌは理解しているのかいないのか、気楽な声でレリーフを見上げる。
ここに掘られているのはタイレス族の文字であり、オリジナルの文様ではない。
「じゃあ、じゃあさ。逆位置にはなんて?」
ディアヌは子供のように問い、カミュはつられて笑う。
「逆位置に関しては公に浸透してはいないが、巨人伝説に関してだな」
「きょじん……」
「龍のような頭を持った……巨人の話だ」
巨人伝説については、巨人建築と呼ばれる建設法にもその名残がある。
「龍のような、頭……。龍族のこと?」
「おそらくはね。――もともと正方形を神聖視するのは龍族の慣習だ。石舟伝承にそれがあるのは、プレ・ノア族が龍族と契約したからだとされている」
ディアヌは察しが良いらしく、巡礼者の持っていたアイコンを思い出す。
「じゃあ……。あの六人が持っていたのが正位置で、巡礼が持っていたアイコンは逆位置なのかしら」
「かも知れん」
「同じアイコンを持っていたとしても、その解釈や信仰が同じとは限らん。特に、ノルド・ブロスとサドル・ムレスが敵対関係にある今はね」
「あの巡礼同士も……互いを敵として言い争ったのかしら」
「……かもな」
ディアヌは思う。
そんなことで、六人もの見知らぬ人を殺すのか、と。
一方のカミュは、ディアヌの話にいくつかのヒントを得た。
(四角いアイコンの者は一人……か。一人で事を成すとは考えにくいが)
もう一つには、その巡礼は龍族の信奉者である可能性だ。
(タイレス族の中にも、エルシオンではなく龍族を崇める一派があるというが……)
これまでは龍人族やノルド・ブロス帝国人という偏った犯人像があった。けれど今伝わって来るのは、それよりは生々しい憎悪である。
その者は偽の巡礼者である騎士を六人殺している。
第五の月魔の剣が、ドロワ拝殿の正面玄関に突き立てられていた理由も、これならば納得がいく。